【番外編】ノルウェーの図書館、いくつか(2022年夏)

 2022年夏、ノルウェー滞在中に図書館を訪ねました。ノルウェーの本つながりということで、以下にいくつか紹介したいと思います。

1.オスロダイクマン・ビョルヴィーカDaichman Bjørvika i Oslo

 オスロ中央駅を南に出てすぐ、地階を含め6階建ての吹き抜けの建物。官庁街にあった旧ダイクマン図書館が湾岸のビョルヴィーカ地区に移転し、2020年にオープンしたばかりです。市内20数カ所の公共図書館がすべてダイクマン図書館となって全館がネットワークで繋がっており、このダイクマン・ビョルヴィーカが本館にあたります。

https://www.visitoslo.com/no/artikler/deichman-bjorvika/

館内は吹き抜けで、窓が大きく、開放感があります

      

 本だけでなく、ミシンや3Dプリンターなどが使えるワークスペース、音楽室やミニシアター、有料の大小ミーティングルーム、レストランにショップなども備え、従来の図書館機能の枠を越えた設備に驚きました。ノルウェーで本に関わる仕事をしている友人が、「ここができるまでに、本の貸し出しだけが図書館の役割じゃないよね、作家を招いたイベントや本をきっかけに市民にもっと足を運んでもらって、図書館をどんどん活用してもらうべきだよねっていう声があったんだよ」と教えてくれました。知り合いのドイツ人の翻訳者は「新ダイクマン建設中、視察に来たフィンランド人がここからいろんなアイデアをもって帰って、先にヘルシンキの中央図書館を完成させちゃったのよ」と、どこか悔しそうに話していました。海沿いのこのビョルヴィーカ地区には、オスロ・オペラハウスや新ムンク美術館もあり、新しい文化ゾーンとして人気の観光スポットとなっています。ダイクマン・ビョルヴィーカも観光客や見学者が多く、ざわついていて少し落ち着かない印象ですが、読書/自習スペースはたっぷり設けられていますので、静かに過ごせる席を探してみてください。

 

2. ヴェンネシュラ市 文化センター&図書館 Vennesla kulturhuset

「クリスチャンサンに行くなら、近くにそれは美しい図書館があるよ」と教えてもらい、訪ねました。ノルウェー南端のクリスチャンサンから北へ約17キロのヴェンネシュラ市にあるこの建物は、2011年の木造建築大賞、2012年にはノルウェー建築大賞を受賞しています。木材をたっぷりと使った曲線の多い館内は、温かみのある宇宙船とでも例えましょうか。

ヴェンネシュラ文化センターのパンフレット ↑

 

かんたんなノルウェー語で書かれた本のコーナー

 あちこちにあるゆったりとした読書スペースのほか、子どもの本の棚には、ひとりで本に集中できる小さな子ども用のスペースが設けられています。ハンディがある人にも読みやすい、かんたんなノルウェー語で書かれた本〈Bok til alle だれもが読める本〉も一角にわかりやすく集められていました。ヴェンネシュラ市に限らず、ノルウェー公共図書館では、DVDやCD、ゲーム類も貸し出し、おもちゃやゲーム機器、DVDの視聴コーナーを備えた館内では、幼児から10代の若者まで、だれもが楽しく過ごせるよう工夫されています。テーマ展示は社会の関心事が反映されますが、夏の「ノルウェー・プライド」の時期、ここではLGBTQをテーマに、とくにYA(ヤングアダルト)作品がたくさん紹介されていました。訪問したこの日は閑散としており、司書の方によると「夏休みはいつもより利用者が少ない」とのこと。入口のカフェだけは高齢のみなさんが仲間同士で集まり、賑わっていました。店員さんとのやり取りから、常連だとわかります。町の大通りにあるため、犬の散歩や買い物に出てきた人たちが表のベンチで一服したり、おしゃべりしたりしている姿が印象的でした。

 ノルウェー統計局の定義では「中規模コミューネ」に分類されるヴェンネシュラ市ですが、「人口約15,000人の町で、こんなにお金の掛かりそうな図書館を建てることに反対は出なかった?」とヴェンネシュラの人にたずねてみたところ、「これまで文化活動といえば、大学や文化施設をいくつも備えた隣のクリスチャンサン市まで出かけるのが当然だったのが、工場しかない自分たちの町にコンサートもできる文化センターができたこと、そして、よそからたくさんの人が訪ねて来てくれることに、驚きと喜びと誇りを感じている人が多いと思うよ」とのことでした。文化センターという名の通り、コンサートや講演会も頻繁に開催されているそうです。

 

3.オスロダイクマン・トイエン Daichman Tøyen i Oslo

       

 移民の多いトイエンに滞在中、トラムの駅を出てすぐのショッピング・レストラン街の一角に図書館を見つけました。外から見ると小さな図書館ですが、ひっきりなしに人が出入りしています。入ってすぐに居心地よさそうな休憩スペースがあり、飲食可の館内ではお昼どき、持参したパンを食べながらおしゃべりしている人が何人もいました。奥にはコーヒーの自販機。古い建具や家具をうまくアップサイクルしていて、まるで街角のおしゃれなカフェのよう。奥の絵本コーナーでは小さな子どもたちが靴を脱いで本を楽しみ、親御さんたちもすぐ近くで本を手にくつろいでいます。入口すぐ横の広いホールは、ちょっとした集まりやコンサートの会場にもなります(開催イベントの内容によっては使用料がかかります)。

 

 入口付近の新刊コーナーは充実していますが、蔵書は少なめ…かと思ったら、幅広いテーマの書架の並ぶ大きな地階がありました。地域的なせいか、外国人向けの語学書の棚とYA作品の棚が大きく取ってあります。PCコーナーでは、移民の男性が熱心に調べ物をしていました。一脚の椅子とランプを詩集の棚で囲んだ一角は、詩の小部屋といった雰囲気。ソファや学校の古い勉強机が適度な間隔で配置され、1階とは違った雰囲気の読書スペースになっています。

 

 YAコーナーには、分厚いビニルカーテンで仕切られたなかに6、7人で囲めるコンセント付きのテーブルがありました。この図書館に行くたび、ヒジャブを被った移民の女の子たちが集まっておしゃべりし、楽しげな笑い声を上げていました。夏休みが明ければここでラップトップを開いて、わいわいグループワークをしているのかもしれません。

YAコーナーの一角には、いつも若い女の子たちが集まっていました

 園芸の書籍コーナーには〈たねの図書館〉という図書カードケースがあり、紙に包んだ植物のたねが入っていました。「春にこのたねを借りて花を育て、秋に採れたたねをここに返しに来てください」とあり、QRコードで栽培方法とたねの採取方法がわかるようになっています。市内7つのダイクマン分館にたねの図書館があり、これはたねの無料配布コーナーではなく、たねの採取という、むかしからの知識と技術を普及させることが目的の取り組みなのだとか。

たねの図書館

 トイエンに12年ほど暮らしている友人に「ここの図書館は本当におもしろいね。利用者も多いし、子どもたちがとにかく楽しそうにしていたよ」と話すと、「移民家庭は大家族のうえにアパート暮らしが多くて、家では子どものプライベート空間が本当に小さい。だから路上以外の、子どもたちが安心してのびのび過ごせる場所が地域には必要なんだ。図書館のような公共スペースなら親も安心だし、ノルウェーの図書館では大人が子どもに〈静かにしなさい!〉と叱ることもない。そうそう、トイエンには10歳から15歳までの子どもしか入れない図書館もあるんだよ」と教えてくれました。

10歳から15歳の特権ビブロ・トイエン、大人は立入禁止!

 そのビブロ・トイエンBiblo Tøyenは、ダイクマン・トイエンから70メートルほど離れたところにありました。大人は見学もできませんが、朗読会や宿題の手伝い、料理の日、ピンポン大会に工作、音楽の日などの予定が外に書かれています。10歳から15歳という年齢設定が絶妙です。夏といえば、ノルウェー人は長いバカンスに出かけるのが常ですが、そんな余裕のない家庭の子どもの夏の過ごし方が長らく社会問題として取り上げられてきました。スポーツ団体や市民団体がさまざまな夏のプログラムを実施していますが、ビブロ・トイエンは1年を通して子どもたちにさまざまな活動や居場所を提供し、地域の子どもたちの成長の一助となっています。

 ノルウェーでは個人が読み終えた本の交換コーナーがあちこちに設けられていますが、このダイクマン・トイエン前の交換コーナーは目が離せません。なぜなら、ここは並ぶ本が毎日変わるから!(本の入れ替えが頻繁に行なわれず、埃のかぶった交換コーナーも多いのです) ある日、大型の立派な編み物の本が出ており、素敵だなぁと眺めていると、向かいで本を見ていたエチオピアからの移民のおじいさんが「ここの本は欲しかったら、持って帰っていいんだよ。ノルウェーは本が高いから、ありがたいね」と声をかけてくれました。

利用者自身が自動貸出機で貸出や返却の手続きを行ないます

 また、もうひとつノルウェーの図書館で羨ましく思ったのが〈開館延長図書館 Meråpent bibliotek〉というシステムです。これが導入されている図書館では、貸出カードを持参して所定の登録手続きをすると、通常の開館時間の前後も館内で過ごすことができます(15歳未満の人は保護者の付き添いが必要)。ダイクマンではトイエンを含め13の分館で、毎日朝7時から夜22時まで利用できます。本の貸出と返却は自動貸出機で利用者自身が行ないます。トイエンにない本は、ネットワークで別のダイクマン図書館から取り寄せることができ、貸出機横の棚に届けられます。司書の方によると、市内どこのダイクマン図書館もよく似たサービスを提供しているそうですが、地元の人の生活の一部となっているこのダイクマン・トイエンの居心地と雰囲気は、旅行者の私にとっても最高でした。

 

4.ヴォルダ市 ヴォルダ市民図書館 Volda folkebibliotek

 ここは、この夏、一番よく利用した図書館で、市役所隣りの建物1階、立ち寄りやすい場所にあります。小さな図書館ですが、ガラス張りの個室もあり、ラップトップを持ち込んで仕事もできます。ノルウェーの図書館はどこも無料のWi-Fiが使え、アジア系の男の子がいつもこの個室でラップトップやスマホを使っていました。ほかにも、小さな子どもや新聞を読みに立ち寄るお年寄りなど、常連の利用者が多く見られ、それぞれの居場所なのだと感じられました。アフリカ系の男性がメールを送るためにPCを使いに来たり、若いノルウェー人の女の子がコーヒーとスマホを手に窓際で休憩していたりと、図書館の使い方はさまざまです。

 ヴォルダ市の図書館HPには、さまざまなデジタルサービスも紹介されています。電子書籍・映画の貸出アプリ、短編/ドキュメンタリー映画を無料で見られるフィルムアプリ、国内図書館の横断検索、国立図書館デジタルHP、移民の子どもの語学支援のための多言語のノルウェー童話・童謡集、多言語の電子書籍アプリ、子どもと若者のためのニーノシュク関連サイトなど、ヴォルダ図書館が契約しているサービスは、貸出カードを持つ利用者であれば、図書館の本と同じように無料で閲覧・視聴できるようになっています。デジタル時代ならではのサービスです。https://www.volda.kommune.no/bibliotek/digitale-teneste/ 

Møre 紙(2022.07.08)より

 ヴォルダ市を発つ前日、地元紙の記事にヴォルダ市民図書館でもミシンの貸出が始まるとありました。SDGsが日常的なトピックスになっているノルウェーでは、洋服のアップサイクルのTV番組が人気だそうで、ミシンを使いたいという人は図書館に来れば、ミシンを含め裁縫道具を自由に使うことができるようになります。そして図書館は、近くの関連企業や商店、洋裁に関わりのある団体や個人に協力を求めており、ここからどんな市民活動が生まれていくのかな、とわくわくしました。(千)