第9回ノルウェー読書会『蜜蜂』開催しました

第9回ノルウェー読書会

『蜜蜂』マヤ・ルンデ 著/池田真紀子 訳(NHK出版、2018)

第9回読書会では、マヤ・ルンデ著『蜜蜂』(池田真紀子訳)を取り上げました。会場とオンライン、初のハイブリッド開催でしたが、参加申込みが9名と少なかったのは、485ページという本の分厚さのせいでしょうか。それでも、ミツバチから蜂蜜、音楽にノルウェー社会、そして北欧らしさへと議論は広がり、みんなで1冊の本を読むという、読書会の醍醐味を味わえるひとときとなりました。(以下、物語の結末も含みます。未読の方はご注意ください)

 

ミツバチの生態

『蜜蜂』では、1852年のイギリス、2007年のアメリカ、2098年の中国に生きる、ミツバチと関係のある3つの家族の物語が交互に語られます。はじめに、ミツバチの生態を詳しく調べたという人から、ミツバチの生態について本の内容と絡めて説明してもらいました。ミツバチの生産物(蜂蜜や蜜蝋、プロポリスなど)や天敵(クマ、スズメバチ、寄生ダニ、農薬、異常気象、単作農業など)まで、本書で触れられている自然とミツバチの生態は、詳細かつ正確に描かれていることが改めてよくわかりました。

中国のタオは19歳で父親を亡くし、ほどなく母親も急激に衰弱します。肺炎を患った母を訪ねると、すでに高齢者施設に搬送されて、部屋は清掃済み。結局、タオは会えぬまま母親も亡くしました。ミツバチはきれい好きで死ぬときは死骸を見えるところに残さないという描写にどこか重なります。

イギリスのウィリアムの家族はミツバチのコロニーのようです。ウィリアムには7人の娘と一家の希望の星、ひとり息子のエドムンドがいますが、息子には父の仕事を継ぐ気も能力もなく、豊満な肉体で男性を惑わす従妹のアルバータを妊娠させます。アルバータはお産で命を落とし、エドムンドは行方をくらまし、結局、ウィリアムの養蜂研究の右腕、娘のシャーロットが遺児を連れてアメリカに渡り、養蜂を始めます(その子孫が実はアメリカのジョージという仕掛け)。「アルバータエドムンドの行為はまるで分蜂のよう。ふたりは過去と現在の舞台をつなぐ重要な脇役。なんの役に立つかわからない、でもある時点でその役割が見えてくる存在。社会的な昆虫であるミツバチと登場人物を重ねて読むと、一味違う面白さが見えてくる」という感想に一同なるほどと頷きました。

 

過去と現在と未来−−なぜ2098年?

養蜂の歴史を見てみると、過去のイギリス(ウィリアム)と現在のアメリカ(ジョージ)の時代設定には納得がいきます。養蜂に関する三大発明とは、①可動式の巣枠(1851年アメリカで発明)、②営巣の基礎となる巣礎(六角模様をプレスした蜜蝋板、1861年アメリカで完成)、③採蜜のための遠心分離機(1865年、オーストリアで発明)ですが、1850〜60年代は言わば、養蜂界の産業革命期。これが1852年イギリスに暮らすウィリアムの時代背景です。2007年のジョージの背景には、すでに何十年も前に始まっていた「蜂群崩壊症候群」(CCD、突然ミツバチがコロニーごと一斉に姿を消す現象)が2006年にアメリカで大量確認されたという事実があります。これに続く未来、中国(タオ)の2098年という設定はなぜなのか、なにか意味があるのか、ずっと疑問を抱いているという感想が出ました。タオが図書館で見つけた文献には、2000年に始まる異常気象、CCDに続き、2030年には飼料生産が追いつかずに食肉の生産量が減少、やがて人口減少、人類の衰退、食糧争い、2045年には地球上のミツバチが絶滅、とあります。中国が人工受粉の覇者となって40〜50年後、という時代設定です。

時代の描き方についてはほかにも、2007年が舞台のアメリカが、まるで90年代のアメリカのようだ、メガネ姿の日本人という描き方も30年くらい古いのでは?という声もありました。一方で、ノルウェー人作家がアメリカの片田舎、中国の未来を描いているので現実に即してはいないのはありえるのでは、という声も。ノルウェー語の原書では、章タイトル「ウィリアム」「ジョージ」「タオ」のフォントや表記を«William», «GEORGE», «tao» のように変えています。タオの小文字やフォントタイプにどこか、まだ見ぬ時代の遠い世界、SF映画的なものも感じられます。「すでに世紀末を感じながらいまを生きているせいか、未来の部分がすんなりと入ってくる」という感想が印象的でした。

 

『蜜蜂』に見られる北欧らしさ

さて、今回の『蜜蜂』は舞台がノルウェーでないこともあり、北欧とは無関係の物語だという印象も受けます。そこで、この本には「北欧らしさ」は描かれていないのか、参加者のみなさんに問いかけてみました。弱さを見せない完璧な人物や最後まで徹底して嫌な個人が登場しないなど、多面的な人物の描き方にはどこか北欧的なものを感じます。読書会で挙がった、北欧らしさや北欧的な考え方を(逆説的にも)感じさせる部分を、次の3つにまとめてみました。

 

自由

○養蜂家のジョージは分蜂性の高いコロニーの子孫を絶ち、勤勉で集蜜量の多い、生産性の高いコロニーを育てていくことに注力(298ページ)

○「あの人はミツバチを飼い慣らそうと考えている。(中略)リー・シアラに従え。自分の頭で考えるな」(465ページ)

○「ミツバチは好きな場所へ自由に飛んでいける。どこへでも、いくらでも」(478ページ)

○「けれど、ミツバチを飼いならすことはできない。人はミツバチを守り、世話をするだけだ」(479ページ)

 

社会と個人

○中国の管理社会と人工授粉 → 社会と個人のどちらに重点をおくのか、ということを考えさせる

○「ただし、自分が育てるこどものためだけに持ち帰るのではない。どのミツバチも全体のために、全員のために、彼らが一体となって構成する大きな有機体のために、働く」(479ページ)

○「人は支配権を手放し、森は自由に領土を広げる」(481ページ)

○「わたしがそれを大きな文脈に置き、同じ夢が世界のすべての人に当てはまることに気づけずにいるかぎり、何の意味もない」(482ページ)→ 世界中の人が同じ夢をみれば、団結につながっていく

 

希望

○最終章、咲き乱れる花とミツバチの復活 → モノカルチャーからの転換

○中国の指導者が心を動かされ、変化する場面

○チャーハンの少年と父親を連れて帰るタオ → 自分の子どもでない者を育てていくことに意味

○父親がだめになる瞬間に農場に戻ってくる養蜂家ジョージの息子トム

○「人々を団結に導く心の光−−希望」(482ページ)→ 人の力が及ばないという悲観的なラストでも、スーパーヒーローが登場するのでもない結末こそがノルウェーらしい

 

環境問題の危機意識

ミツバチが受粉しなければ多くの果実や野菜は生らず、人間は生きていけないという事実は、日本の日常生活で意識されていることでしょうか。『蜜蜂』は2015年ノルウェーで刊行されると、その年の本屋大賞を受賞、ドイツでは2017年総合No.1 ベストセラーとなりました。ノルウェー社会に与えた影響は大きく、ノルウェーの6人ボーカルアンサンブルNordic Voices(ノルディック・ヴォイセズ)は2017年にBee Madrigal(ミツバチのマドリガル[=愛の歌])という6曲からなるCDを発表しました。歌詞の少ない象徴的な合唱曲ですが、内容はまさに『蜜蜂』の描く世界。「いまちゃんと考えないと私たちの地球は生き物が住めなくなってしまう」と訴えます。合唱曲としては決してうけるスタイルのものではないそうですが、売れる、売れないという問題ではなく、「どうしてもいま、この曲を歌わなくてはならない」と音楽家たちを突き動かすものがあったのだ、ということです。個人的にノルウェー人のSNSから、ホビーとして養蜂が流行っている印象を受けていますが、これも本書の影響でしょうか。日本でも環境問題を考えるひとつの手段として養蜂が行なわれている話をあちこちで耳にしますが、それもまだまだ一部でのこと。ノルウェーでは音楽家をはじめ、社会で共有されている危機意識なのだということを再認識しました。

 

「フィクションのような、ノンフィクションのような」

冒頭で「フィクションのような、ノンフィクションのような物語」という感想がありました。近年、ノルウェー文学のなかでもこの『蜜蜂』のような、フィクションとノンフィクションが混ざったような優れた作品が何冊も邦訳されている気がします。2021年12月に開催された「ノルウェー文学セミナー」(ノルウェー大使館主催)でも、ノルウェー文学海外普及協会(NORLA)が日本向けに紹介した新刊に、鮭の本、カラスの本、小道を辿る本などのノンフィクション作品があり、NORLAでも日本人好みと認識されているのかしら、と思いました。スウェーデン文学に詳しい人によれば、スウェーデンでもルポルタージュものは好まれており、とくに1960〜70年代は、国内外の社会問題をまさにフィクション、ノンフィクションの境目で書く作家が多かったそう。北欧には、作家が(ひいては読者も)社会のことに目を向けるという共通の姿勢が土壌としてあるのを感じる、ということでした。これを受けて「北欧って、社会ということばのなかに地球の視点が入っている感じがする。人間中心じゃなく、地球全体のことを考えようよ、と。社会の先には地球、もっと大きなものがあることをいつも感じさせられる」という感想が最後にありました。

ノルウェーでは、スーパーで缶入りの国産蜂蜜が手軽に買えます。まわりには蜂蜜を紅茶に入れる人がよくいました。今回の読書会では、屋上で養蜂をしている都内の大学のカフェで、超地産の蜂蜜ドリンクを飲みながらこの『蜜蜂』を読んだという人がいたり、蜂蜜は口内炎に塗っても効くし、毎日少しずつ摂取することで免疫力アップにもつながるということを教えてもらったりしました。手元にある原書は、ノルウェー人の友人からの贈り物です。真っ黄色の表紙を開くと、「私は本が好き。そしてリサイクルが好き。だから古本を贈られるのを侮辱と取らないで」と書き添えられています。国産蜂蜜を摂りながら身近な自然環境について考えること、読み終えた本を贈る習慣、真似てみませんか。2098年に至らぬよう、ほんの小さな一歩として。(千)

 

* 第9回読書会は、ノルウェー大使館の助成を受けて開催されました。

 

 

著者 マヤ・ルンデ(1975年生)

ノルウェーの作家、テレビ台本作家。児童書・YA作品10作に続く、初の大人向け小説『蜜蜂』がベストセラーに。2017年には2作目の大人向け小説『ブルー(Blå)』(未邦訳)を刊行。夫、3人の子どもとともにオスロに暮らす。

 

訳者 池田真紀子(1966年生)

ジェフリー・ディーヴァーボーン・コレクター』『スティール・キス』、アーネスト・クライン『ゲームウォーズ』、ケイトリン・ドーティ『煙が目にしみる』、アーヴィン・ウェルシュ『T2 トレインスポッティング』、メアリー・ローチ『わたしを宇宙に連れてって』など訳書多数。