第5回ノルウェー読書会『太陽の東 月の西』開催しました

第5回ノルウェー読書会『太陽の東 月の西』(アスビョルンセン編、佐藤俊彦訳、岩波少年文庫2014)

 

「むかし むかし あるところに」、いくつになっても懐かしくてあたたかい

 

今回とりあげた岩波少年文庫『太陽の東 月の西』は、ノルウェーの動物学者ペテル・クリステン・アスビョルンセン(1812-1885)と牧師・詩人のヨルゲン・モオ(1813-1882)によって刊行された『ノルウェー民話集』(全3巻・1944)、『民話選』(1951)の中から18話を選び、1958年岩波少年文庫初版の後、新版4刷として2014年に発行されたものです。岩波少年文庫は1950年のクリスマスに創刊。現在、収録作品数460を超える文庫の創刊の5冊に、ノルウェーの作家マリー・ハムズン『小さい牛追い』が入っているのも嬉しいことです。 

 

第5回ノルウェー読書会は、新型コロナウィルスの感染拡大に伴う2回目の緊急事態宣言(1/7)が発令されたことを受けて、初めてオンラインで開催しました。参加者は10名。子どものころに読んだ本が『太陽の東 月の西』だったという方、スウェーデンに詳しい方など北欧好き、本好きが集まって、翻訳家・演劇研究家のアンネ・ランデ・ペ―タスさんのお話を聞きながら語り合いました。

 

魔物の呪いで姿を変えられた王子様の話や、貧しい家に生まれた三人兄弟の末っ子が兄たちを助けたり、お金持ちになっておひめさまと結婚する話などの世界共通の物語や、「海の水はなぜからい」など日本の昔話との共通の話もある一方、白クマや氷の城など、厳しい自然環境の中で生活する人々の暮らしの中から生まれた北欧の民話ならではのお話もあります。

 

ノルウェー民話が出版される背景には、長くデンマーク支配下にあったノルウェーが1814年にスウェーデンとの同君連合同君連合に組みこまれたことや、ノルウェーでも民族ロマン主義が高まっていたことがあげられます。当時、ヨーローッパではすでにアンデルセンやグリム兄弟も地方の民話を収集・刊行していました。ノルウェーでも、ノルウェー語で語り継がれてきた民話を文字化した『ノルウェー民話集』が出版されたことで、それまでノルウェー風に発音したデンマーク語が公用語だった社会に、ノルウェー語方言を書き言葉としてまとめた自国の言葉ランスモール(ニーノシュク)が生まれる背景にもなりました。アンネさんの言葉を借りれば、1840年代はまさに「ノルウェーとはなんなんだ、とノルウェー人が自身のアイデンティティを問い、自国の文学や芸術に目を向けたノルウェーにとって歴史的な時間だった」といえます。かのイプセン奨学金をもらって1年間ノルウェー各地を回って民話の聞き書きをしたそうです。

 

さて、かつてのノルウェーの家庭では、一日の仕事が終わって家族がみんな家に戻った黄昏時、ランプに灯をともすにはまだ少し早い、その1時間半くらいの時間が、子どもに昔話を聞かせる「家族のくつろぎの時間」だったそうです。素敵ですね。もちろん、人生のどんな時でも民話はノルウェー人のすぐそばにあります。テレビのCMが昔話のパロディだったり、民話をポリティカル・コレクトな物語にして遊んでみたり、民話を下敷きに皮肉を込めた劇にしてみたり!

 

トロルの屋敷に忍び込んだ王子様の匂いは、日本語訳では「人間の骨と血の匂い」ですが、ノルウェー語では「キリスト教徒の匂い」だそうです。キリスト教が入ってくる以前の信仰と、キリスト教の対峙が物語には見え隠れします。ノルウェーの民話には共通する数の繰り返が見られ、キリスト教の神・イエス・精霊の三位一体の3だとか、12人の使徒に通じる12等々。また、ハーダンゲル・バイオリンや笛はキリスト教以前の民族音楽に使われる楽器なのでそれらを奏でるのは罪に当たると考えられていたとか、それでもアンネさんのおばあさんの世代は妖精もこっそり信じていたとか、日本とノルウェーの文化に精通するアンネさんならではのコメントが続いた2時間でした。

 

日本でもノルウェーでも同じですが、民話の中には実は残酷な場面が描かれていたりします。でも、最近のノルウェーの子どもたちは悪者であるはずのトロルが「一人ぼっちで可哀そう」、と相手の立場にたって考え、今では原作を基にした別の結末のお話も出版されているそうです。

 

昔話の決まり文句「むかし、むかし、あるところに ~ であったとさ」にあたるノルウェー語や、「ねえ、おか~さん、ね、お願い!お願い!」とか、橋を渡るヤギの足音の違いなど、アンネさんから韻を踏んだリズミカルなノルウェー語が聞けたことも民話の持つ言葉のちからを知る貴重な体験でした。参加された方からの「民話は耳で聞いて楽しむものですね」との声に、一同納得でした。

 

アンネさんからは、「日本人はそのままを真面目に捉えるから、これって全部本当じゃないよねっ。あははは。というアイロニー(皮肉)が効いたユーモアのセンスも大事です」とも。そうです、日本の昔話や江戸小噺にも、そんな明るさやユーモアがありました。『ノルウェーの民話』から、その国の人たちの歴史や風習、生活の一端を知るとともに、私たちの文化や暮らしの中で、忘れられているものに気づかされた一冊でした。(弘)

 

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【編者紹介】ペテル・クリステン・アスビョルンセン(1812-1885)

ノルウェーの動物学者。ヨルゲン・モオ(牧師・詩人、1813-1882)とともにノルウェーの昔話の採集・研究を行った。2人が1842年に初めて出版した『ノルウェーの民話』は、ヨーロッパで評判となり、さらに1859年にジョージ・ダセントという外交官によって英訳が出され、世界的に広まった。「3びきのやぎのがらがらどん」で知られる

 

【訳者紹介】佐藤 俊彦(さとう としひこ、1929-)

ウィスコンシン大学大学院修了、翻訳家。著書に『北欧の民話』『リンカーン:民主主義の父』。訳書に『名探偵ホームズの冒険』『愛より愛へ』などがある

 

【挿絵紹介】富山妙子(とみやま たえこ1921-)

神戸生まれ。1938年ハルピン女学校卒業、女子美術専門学校(現・女子美術大学)中退。1950年代に入り、画家の社会的参加として、筑豊炭鉱や鉱山をテーマに労働者を描く。絵本の挿絵も多数手がける。

 

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