第7回 『小さなスプーンおばさん』読書会ノート

第7回ノルウェー読書会『小さなスプーンおばさん

アルフ・プリョイセン作、大塚勇三訳、学研、1966年)

 

 

ある朝目覚めたら、自分の身体がスプーンくらいに小さくなっていた! 普通ならパニックで大騒ぎしそうなところですが、おばさんが最初につぶやいたのはこの言葉、「なるほど。スプーンみたいに小さくなっちゃったんなら、それでうまくいくようにやらなきゃならないわね」でした。

物語の冒頭(最初のベージ、最初の段落の数行目)、主人公の最初のセリフに読者の心はわしづかみにされ、後はもう、この不思議な「スプーンおばさん」の世界にぐいぐい引き込まれていくのです。

 

日本では1966年に出版された後、1983年にNHKのアニメで放映されたこともあり、私たちには馴染みのあるノルウェーの児童文学です。読書会開催告知の後、あっという間に定員いっぱいになったのも、「スプーンおばさん」の人気のお陰でしょう。コロナウィルスの感染対策のため、今回もオンラインのみの開催となりましたが、ノルウェー在住の方をはじめ、福島県から沖縄県まで、地域も年齢も様々な「スプーンおばさん」好きのみなさんにご参加いただきました。

 

アニメの前向きな歌詞が大好きだった、ビョ―ルン・ベルイの挿絵とお話が最高によく合っている、おじさんのことを「ごていしゅ」と言う言葉の響きに惹かれ、小学校4年の時に「ごていしゅ」が登場する創作作文まで書いたなど、「スプーンおばさん」との思い出はみなさん色々です。

 

ノルウェーでは絵本や物語におばさん、スウェーデンはおじさんがよく出てくるらしい」という話を皮切りに、「ノルウェーでは女性がどんな格好をしていようと何歳だろうと、生き生き元気にしていることが、いい社会の条件」、「この本が出版された当時は、まだ専業主婦が多い時代だが、かといっておじさんはひどい亭主でも高圧的な男でもなく、おばさんがいなくなると心配で探し回る、実はおじさんはおばさんが一番大事なんだと思う」、「ノルウェー語の“kjerringa miシャーリンガ・ミ(わたしのおばさん)“には日本の”愚妻“と似たニュアンスがあるが、これは愛情をこめて妻を呼ぶ時に使う言葉」、「小さくなって一大事なのに一番最初にすることが家事だったり、子ネコを見つける大冒険のあとに、おじさんのお昼を作らなきゃならないと言ったり。なのに、男女不平等というまでの深刻さがないのが不思議」など、スプーンおばさんとおじさんの夫婦関係についての話題がひとしきりありました。

 

また、翻訳についても原文の「blåbær(ブルーべり)」は、1966年当時の日本人には馴染みがなかっただろうから、イメージしやすい「コケモモ」と訳されているのではないか、「ja」を「なるほど」、「jeg」は「わたし、あたし」など状況に合わせた訳語が付けられていることを原書に照らしあわせて確認しつつ、大塚勇三氏の訳が江戸弁や山の手言葉を反映している点についても、参加者から、趣味の落語や文楽など大塚氏の頭の中にある豊富な「昔の言葉の図書館」が翻訳に生かされているのだろうとのコメントがありました。

 

さて、夏のベリー摘みはノルウェー人にとって一大イベント。「今年は60キロとったわよ!」とか、元気なおばさんたちが大活躍します。夏のベリーは大切に保存され、冬には最高のおもてなしになるそうです。本の中にも出てくる30枚のパンケーキも日常のことです。保育園でも山のように積み重ねられたパンケーキに何をつけて食べるかが子どもたちの楽しみなのだとか。「この本に描かれているのはノルウェーのごく普通の日常」という参加者の感想が、本を読んだ誰もが感じる不思議な安堵感に通じます。

 

とはいえ、ある朝突然小さくなっちゃうのは普通のことではありません。『ガリバー旅行記』(1726年)、『不思議の国のアリス』(1856年)、『ニルスの不思議な旅』(1906年)など、主人公の身体の大きさが変わる/変わったように感じられる物語が『スプーンおばさん』に与えた影響にも話が及び、「小さくなったおばさんは弱者。多様な視点から物事を見直すことを教えているのではないか」など、コロナ禍で社会のひずみが見える時代だからこその、考えさせられる意見もありました。

 

ノルウェーではクリスマス前後にラジオでよく流されるという、作者プリョイセンの作曲の歌を聴いたり、みなさんのお話が盛り上がったこともあり、休憩なし、2時間ノンストップの読書会があっという間に終わりました。参加者の言葉を借りれば、「男性のツボにはちょっとはまりにくい本ですが、誰かをこてんぱんにやっつけたり傷つけたりするのではなく、色んな視点、人や動物、自然も関わって助けあい、ちょっと落語風のオチもある。これからの子どもにも読んでほしい」そんな、素敵な物語でした。(弘)

 

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【作者紹介】アルフ・プリョイセン(1914-1970)

ノルウェーの作家、詩人、シンガーソングライター。貧しい家に生まれたため学校には通えず、農場で雇われて働くなどして成人したが、豊かな想像力を詩や文章で表現し、また、歌手としての才能にも恵まれた。

 

【訳者紹介】大塚 勇三(1921-2018)

児童文学者、翻訳家。旧満洲生まれ。東京帝国大学卒。1957-1966年平凡社勤務ののち、米・英・独・北欧の児童文学の翻訳に携わる。リンドグレーン、プリョイセンなどの翻訳を多く手掛ける。

 

【挿絵紹介】ビョールン・ベルイ(1923-2008)

スウェーデンの画家、イラストレーター。プリョイセンのスプーンおばさんシリーズや、リンドグレーンのエーミルくんシリーズの挿絵画家として、国際的に知られる。

 

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