5th ノルウェー読書会『太陽の東 月の西』延期のお知らせ

5th ノルウェー読書会 延期のお知らせ

 

1月13日に京都府に発令された緊急事態宣言を受け、1月30日に開催予定の第5回ノルウェー読書会を延期いたします。

参加申し込みを頂いたみなさま、参加ご希望のみなさまには大変申し訳ございません。

改めて開催日程をお知らせしますので、しばらくお待ちください。

 

なお、課題本の変更はございません。

第5回ノルウェー読書会 『太陽の東 月の西』アスビョルンセン 編/佐藤 俊彦 訳(岩波少年文庫、2014) 

 

新型コロナウィルスの早期収束を願うとともに、みなさまのご健康をお祈り申しあげます。

 

 

 





 

4th ノルウェー読書会 『北欧の幸せな社会のつくり方 10代からの政治と選挙』

第4回 ノルウェー読書会 『北欧の幸せな社会のつくり方 10代からの政治と選挙』

(あぶみあさき著、かもがわ出版、2020年)

ん? 選挙って楽しそう! そっか、幸せな社会ってこうやってつくるんだ

 

  第4回の読書会では、社会系の新刊を取り上げました。草の根の民主主義が根付いた北欧社会の選挙制度については、さまざまな書籍や記事で取り上げられていますが、今回の『北欧の幸せな社会のつくり方』では、とくに若者に焦点が当てられています。読書会には30代から60代、かつての若者が6名集まりました。

  本を手に取り最初に出たのが、ポップな見た目についての感想でした。ノルウェーデンマークスウェーデンフィンランドからの取材写真がこれでもかというほど掲載されていて、若者の楽しげで生き生きした様子に「本当に政治の、選挙の一場面?」と驚きます。そして少し読み進めると「選挙や日常にみる、北欧デザインの役割」というページがあり、なるほどと納得。〈…選挙や政治にも北欧デザインを見つけることができる。どの媒体も、「民主的な構成」になっているかを考慮して作成〉〈民主主義には「わかりやすさ」も含まれ、…各党の選挙スタンドがカラフルで楽しい北欧デザインになっているのも、市民に親しんでもらおうと考えられた結果〉(p.34)とのこと。わかりやすさ=民主主義の視点は、日本のいろんな場面ですぐにでも参考になりそうです。

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Foto: S. Inoue

  上の写真は、参加者のおひとりからいただいた2013年国政選挙時の様子です。選挙期間中、オスロの目抜き通りに、このような選挙スタンドが並びます。だれでもスタンドに立ち寄り、各政党の政策について質問したり、議論したりすることができます。有権者に関心をもってもらう方法はいろいろあるのだなぁと感じました(ただし、こうした選挙スタンドが出るのは、オスロなどの大都市に限られると思います)。

  さらに、本書の写真を見ていると「デモの参加者に女の子が多いね」という声が出ました。「毎週金曜日、子どもたちがお手製のプラカードを持って集まる。気候変動デモ」からのページ(pp.110-)には、とくに小中高生の参加するデモの様子が紹介されています。女の子や女性の数が多く、その力強い姿が印象的。デモなどを通して、移民、女性、若者という社会の少数派が声を上げやすく、その訴えに耳を傾けようとする社会的な土壌があるのでしょう。そして、こうした子ども時代からの経験が、若者や女性の積極的な政治参加につながっていくのだろうなと思いました。

  著者と同年代の参加者からは、「同い年くらいの人が、偶然ノルウェーに行き、ジャーナリストになり、政治に強い関心をもつようになり、こういう本を出していることに感動したし、それをあと押しするような社会に力を感じた」という感想が出ました。本書を読んでいると、学校や社会が、男女を問わず、小さな子どものころから自分の意見を口に出すこと、民主的な議論と行動を尊重することを教え、積極的な政治参加をあと押ししていることがよくわかります。そのためのさまざまな工夫が、この本には紹介されています。

 〈報道の自由度ランキング〉を取り上げたコラムからは、「検閲など、報道の自由度のとらえ方が日本とずいぶんと違う」、「以前、ノルウェーのニュース報道でホームレスの人にインタビューしているときに、『ホームレス』という肩書とその人の実名が出ていたのに驚いた」、「本のタイトルに『幸せな』は必要だった?」など、いろいろな方向に話が広がり、読書会の2時間はあっという間に過ぎていきました。

  個人的には、日本とはあまりにも違う北欧社会のあり方に、「こんなの日本では無理」とよその国の話として読み飛ばすにはあまりにももったいない、民主的な社会へのヒントが満載の一冊でした。日本のどこかの首長が、〈私たちの市(県)は、若い有権者投票率アップを目指します!〉と宣言したりしないかなと願いつつ、いまの若者にこの本を手に取ることを薦めていきたいと思います。(千)

 

 あぶみあさき(鐙 麻樹)(1984−)

ジャーナリスト、写真家。秋田県生まれ。ノルウェーオスロを拠点に北欧情報を発信。ノルウェー国際報道協会理事会役員。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程(副専攻ジェンダー平等学)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーションノルウェーから「国を日本に広めた優秀な大使」として表彰される。さまざまなメディアで寄稿、連載多数。

 

4thノルウェー読書会のお知らせ『北欧の幸せな社会のつくり方 ‐ 10代からの政治と選挙』

4th ノルウェー読書会のお知らせです。

 

第4回ノルウェー読書会は、あぶみあさき『北欧の幸せな社会のつくり方‐10代からの政治と選挙』(かもがわ出版、2020)をとりあげます。

著者はノルウェー在住の日本人ジャーナリスト・写真家。

小学生から高校生までのすべての若者たちが、楽しく積極的にそして真剣に自分たちの社会や政治を考える姿から、幸せな社会のつくり方が見えてきます。

若者たちの明るく生き生きとした姿は、まるでお祭りに参加しているよう!

コロナ禍の今だからこそ、改めて私たちの社会を考えるきっかけとなる1冊です。

 

詳細は下記のチラシをご覧ください。

お申込みはノルウェー読書会 norwaybooks@gmail.com まで(定員7名)。

ご参加をお待ちしています。

 

4thノルウェー読書会『北欧の幸せな社会のつくり方‐10代からの政治と選挙』

2020年10月31日(土)14-16時

会場:京都市中京区 Gallery coniwa 錦の家(和室)

          ※本は各自でお持ちください

          ※新型コロナウィルスの感染拡大の状況を鑑み日程が変更される場合があります

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3rd ノルウェー読書会 『ヴィクトリア』

第3回 ノルウェー読書会 『ヴィクトリア』

(クヌート・ハムスン作、冨原眞弓訳、岩波文庫、2015年)

ハムスンの「もっとも美しい恋愛小説」

 

 9月の読書会では、ノルウェー人作家クヌート・ハムスンの『ヴィクトリア』を読みました。まず出てきたのが、「ヴィクトリアはなんでこんなにも意地悪なんだろう! 結ばれることなく、さらには命尽きることもわかっているのに、こんな切ない手紙を遺すなんて」という感想でした。これに対して「そうそう!」と頷く人もあれば、「いや、叶わぬ恋と諦めたはずが、押さえきれず漏れ出た切ない感情だったのでは?」という声も。序盤から、さまざまな読み方、感じ方が語られました。

 進行係から猪苗代英德訳『ヴィクトリア――ある愛の物語』(日本国書刊行会, 1993)のあとがきの紹介があり、これによると、ハムスンの『牧神』に登場する野性的な魅力を持つエドヴァルダ、スウェーデンの作家ストリンドベリの『令嬢ジュリー』、ノルウェーの画家ムンクの描く《マドンナ》に通じる「ヒステリー気質を持った美女」「爆発寸前の緊張した美」がこのヴィクトリアにも受け継がれているとのこと。ヴィクトリアのツンデレ具合は、ハムスンが好んで描くタイプの女性に共通するものだったようです。一方、ハムスンがこの作品を書いたのは最初の結婚をした年(1898)で、「幸せいっぱいの時期だったはずなのに、どうしてこんな切ない恋愛小説を書いたんだろうね」という声もありました。ちなみに1902年、最初の妻とのあいだに生まれた娘の名前はVictoria(ヴィクトリア)! 

 みんなが大きく頷いた、「ヴィクトリアの黄色いドレスが印象的」という指摘もありました。これってくすんだ黄色じゃなくて、本当の黄色なの? 黄色のドレスってあまり着ないよね? 黄色に赤い帽子だよ、森のなかで見つけてもらうためだよね? 若く素直なカミッラは赤いドレス、作中作品のふたりの婦人は青い服、それにヴィクトリアが白を身に着けている場面もありました。ハムスンの『牧神』では緑色の羽根がとても象徴的だったから、ハムスンって色を大切にする作家なんじゃない? そんななか、デジタル時代の読書会らしく(?)、参加者のひとりがネットでノルウェーの高校生向けハムスン解説を発見。黄色は太陽を表し、また意外なことにこの黄色は聖なるもの、天使などにつながるイメージなのだそうです。そしてヴィクトリアの赤い帽子、この赤は死を意味するものなのだとか! 執筆当時のノルウェーで、こうした色彩イメージが読者のあいだで共有されていたのかは不明ですが、ハムスンが意識的に黄色と赤を選んだことは間違いなさそうです。ほかの作家なら服の素材や手触りなども描いていそうなところを、ハムスンは色だけに触れているのが不思議だったという声もありました。緑豊かな島で育ったハムスンの自然描写は絵画のように美しく、一方でヨハンネスが愛と作家活動に苦悩していた町の情景に色彩描写はほとんどありません。緑鮮やかな森、色をもたない町を背景に、改めて、黄色や白の服をまとったヴィクトリアの姿が鮮烈に浮かび上がってくるような気がしました。

 さてハムスンと言えば、あとがきでも少し触れられているように、第一次世界大戦が始まったころからドイツ帝国ナチス・ドイツに傾倒します。『土の恵み』(1917)が評価されたノーベル文学賞の栄誉は地に落ち、ノルウェー国民は大きく失望。たとえば、あるノルウェー人現代作家の自叙伝では、作家の祖母がハムスンの作品を庭で燃やす場面が出てくるのだとか。戦後、ハムスンは多額の賠償金を国に支払い、92歳でひっそりと亡くなります。現在では、ナチス礼賛のスティグマは薄くなり、ノルウェーを代表する優れた作家のひとりとして、純粋にその文学性の高さが再評価されています。

 最後に、読書会で意見の分かれた部分がありました。物語の終わり、手紙に「あなたの/ヴィクトリア」と書いたあと、ヴィクトリアの語りが4行さらに続きます。さてこの部分は手紙の一部なのか、ヴィクトリアの心の語りなのか、みなさんはどちらだと思いますか。私には、ヴィクトリアの目から見た風景が、まるで映画のワンシーンのように引きの映像で目に浮かぶようで、予想外の終わりに打たれました。手紙の一部として訳された版もありますが、これまでの文体を最後がらりと変え、ヴィクトリアに語らせた冨原訳の美しさにすっかりと心をつかまれました。古典だからと敬遠するにはあまりにももったいない、ハムスンの恋愛小説です。(千)

 

クヌート・ハムスン Knut Hamsun(1859-1952)

ノルウェー北部ノールラン県の自然豊かな島で育つ。1880年代に2度、移民として渡米。転職を繰り返し、貧しさのなか放浪する。帰国後の1890年『飢え(Sult)』で先駆的なモダニズム作家として注目される。1920年には『土の恵み(Markens Grøde)』(1917)でノーベル文学賞を受賞。第一次世界大戦勃発時からドイツ帝国を支持、ナチズムに傾倒。これにより文壇での名誉を完全に失い、戦後裁判では高額の賠償金を課され、失意のなか92歳で亡くなった。

 

冨原眞弓 とみはら・まゆみ(1954-)

兵庫県生まれ。上智大学国語学部卒業後、フランス政府給費留学生としてソルボンヌ大学で哲学博士号取得。聖心女子大学哲学科教授。ヨーロッパ近現代哲学(シモーヌ・ヴェイユ)、スウェーデン語系フィンランド文学(トーベ・ヤンソン)の翻訳・研究を数多く手掛ける。

3rd ノルウェー読書会のお知らせ『ヴィクトリア』

3rd ノルウェー読書会のお知らせです。


読書会の第3回目はクヌート・ハムスン『ヴィクトリア』(岩波文庫 2015)です。
のちにノーベル賞作家となるハムスンの1890年代、新ロマン主義時代を代表する作品。

なぜ、こんなにすれ違うの?!
幼馴染の二人が再会した時、互いに惹かれあいながらも階級格差という社会的な壁に翻弄される若い二人の恋愛小説です。

 

詳細は下記のチラシをご覧ください。
お申し込みはノルウェー読書会 norwaybooks@gmail.com まで(定員7名)。
ご参加お待ちしています。

3rd ノルウェー読書会 『ヴィクトリア』
2020年9月12日(土)14−16時
会場:gallery coniwa (京都市
※本は各自でお持ちください
※新型コロナウィルス感染拡大の状況を鑑み日程が変更される場合があります 

 

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コラム:“家”を出た女性たち

『市民しんぶん』No655(京都市、1996年11月1日)「心のカギ:シリーズ人権」

「“家”を出た女性たち」

上掛利博(京都府立大学女子短期大学部教授)

 

 「あたしたち結婚して8年になるわね。変じゃない、これが最初だなんて、あたしたち二人、あなたとわたし、夫と妻が、ともに真面目に話し合うのは?」「真面目にって、どういう意味だ?」「8年間、いいえ、もっとよ、知り合ってからあたしたち、真面目なことについて、真面目な言葉を交わしたことは、一度だってなかったわ。……あなたは一度も、あたしをわかってくださらなかった」

 「あたしは、何よりもまず人間よ、あなたと同じくらいにね、……あたしは、もう、世間の人の言うことや、本に書いてあることには信用がおけないの。自分自身でよく考えて、物事をはっきりさせるようにしなくちゃ」

 「お前のためなら、おれは喜んで昼も夜も働くさ、ノーラ、お前のために、悲しみや苦しみに耐えてね。だが、愛するもののためにだって、自分の名誉を犠牲にする者なんかいやしないんだ」「何万、何十万という女はそうしてきたわ」

 「家のことは、みんな、女中たちが知っていますから――あたしよりずっとよく」

                        (イプセン『人形の家』より)

 

 今年の春に、まだ雪と氷におおわれたノルウェーに行ってきた。首都のオスロや中部の古都トロンハイムという都市部での福祉の現状を調査するためと、もう一つ、レクスビクという人口3,500人の小さな町を訪問するためである。レクスビク市は、女性の前市長のもとで1990年に女性委員会を設置し、市の政策を女性の視点から見直すという「女性プロジェクト」を実施した自治体として知られている。

 例えば、老人ホームを建設する際に、重度のお年寄りの部屋には天井にリフトを設置して、ヘルパーが腰痛にならないように工夫したり、高齢者向けのケア付き住宅を建てる計画案には、美容室を設けるように盛り込んでいる。ゴミ処理についても、紙・ガラス・布・その他の4種類に分別して収集するようにしたり、対岸のトロンハイム市にフェリーで働きに行く親たちの通勤時間に合わせて、波止場近くにある小学校の時間延長を決めたりという具合である。

 しかし、最も大きな成果は、女性たちが提起した問題について、「隣人ミーティング」を何度も開いて政策の優先順位を決めるなかで、一人ひとりの住民が変化したことだという。「プロセスこそが大切なのです」と前の市長のインゲビョルグさんは力説した。女性委員会のリーダーを務めたのは女性教頭のマリットさんだが、「一番変わったのは、私の夫なのですよ」とニッコリとやや誇らしげに、現在の市長アイナルさんを紹介してくれた。女性の立場に理解のある男性のことを、彼女は「ソフトマン」と呼んだ。

 『人形の家』が出版されたのは1879年のことだから、120年近く経過している。今、意思決定に関わるようになったノルウェーの女性たちは、「あたしもあなたも生まれ変わって、……あたしたちの共同生活が、真の結婚生活になるようなことになれば」と言い残して家を出たノーラが願った“奇跡”を、自信を持って楽しそうに実現しているように思えた。1970年代に社会進出をして女性も経済的に自立しただけではなく、それと合わせて男性の家事育児への参加を求めることによって。

 

【付記】1994年にノルウェーに在外研究に出かけて、帰国後に、京都市の『市民しんぶん』に寄稿したもの。24年前になります(肩書きは当時、2020年から京都府立大学名誉教授)。ちなみに、日本で『人形の家』が初演されたのは1911(明治44)年のことで、松井須磨子のノラが大きな反響を呼び起こしてから今年(2020年)で110年が経ちます。

コラム:シーモン・フレム・デーヴォル『大人になったら失われてしまうもの』

 『市民しんぶん』No.733(京都市、2003年5月1日)「心のカギ:シリーズ人権」

「血縁を超えた人間関係への着目」

 上掛利博(京都府立大学教授)

 

  ノルウェーの新聞『アフテンポステン』の土曜版に、「何でも話そう」という子どもたちの投書欄がある。1982年からの10年間に寄せられた手紙を編集した本が、昨年夏に翻訳された(シーモン・フレム・デーヴォル『大人になったら失われてしまうもの』青山出版社)。

 7歳のオーラフ君は言う。「僕には得意なことがない。成績も良くない。でも、出来るようになろうとしているんだ。パパは成績が良かったので、お医者さんになりました。パパとママはおこっていると思う。僕を好きだったことは一度もないと思う。僕も何も話さない。オルスンが一番好き。うちの猫」と。

 老編集者のシーモンさんは、小学一年生が自分をダメだと感じ、期待に沿えないから両親に嫌われていると思うというのは、危険がそこまで迫っているのだと警鐘を鳴らしている。

 また、精神病院に何度も入院した経験のある18歳の子が、「子どもに安心を与えるのは、生物学的な家族だけの責任だと思っている人が多い。子どもが家で安らげなければ、いろいろなことが悪くなってしまうのに。/身近な人すべてに何らかの責任があると思う。子どもは傷つきやすい。ちょっと抱きしめたり、時間を作ったり、ほめたり、気持ちよく過ごしたりすることが、どんなに意味を持つか、考えて欲しい。誰かが何かを与えることは、人間としての将来にも決定的な影響を及ぼすはずだ。子どもに必要なものを家族が与えられないなら、誰か他人が与えなくてはならない」と訴えている。

 近所の人、先生、家族の友人、祖母、友人の家族などからの「気にかけているんだよ」という小さなメッセージが人生を救う場合が多いと考えている編者は、「私たちはみな、困っている人を助けられる。自分は専門家ではないからという言い訳をして、責任を放棄することは許されない」と述べている。大人達が人間的なゆとりを持ち難い現代であればこそ、血縁を超えた人間関係の大切さが浮かび上がる。

 1999年の「京都市女性への暴力に関する市民意識調査」によれば、3人に1人の女性がドメスティック・バイオレンスの被害を受けていた。このことは、夫から妻への暴力を目の当たりにしてきた子どもに与える影響にも注目することを、私たちに求めている。「子どもやティーンエイジャーを喧嘩や口論の中で生活させるというのは、それだけで養育放棄なのだ」とするシーモンさんの主張は、効率や成績のみにかたよった評価を重視して、いよいよ一面的になりつつある今日の日本でも説得力があるように思えてならない。

 

【付記】この記事は、京都市(人口146万人、63万世帯)が発行する『市民しんぶん』の「心のカギ:シリーズ人権」のコーナーに掲載されたものです。シーモン・フレム・デーヴォル著、奈良伊久子訳『大人になったら失われてしまうもの~ノルウェーの新聞投書欄に寄せられた手紙~』青山出版社(ネオテリック)、2002年6月、210頁。