第8回ノルウェー読書会『北欧神話』開催しました

第8回ノルウェー読書会

北欧神話』P.コラム 作/尾崎義 訳(岩波少年文庫、1996)

 

「読書会」というものに初めて参加されるという方、昨年までノルウェーで1年間生活していたという方、北欧神話の知識をお持ちの方、スウェーデンデンマークアイスランドなど北欧諸国に関心がある方など、今回も福島、千葉、東京、滋賀、京都、大阪などからお集まりいただき、オンラインで自由に語り合いました。

 

北欧神話の神々の中で人気が高いのは、雷の神トールや神々の父オージンで、良いことも悪いこともする神ローキは、男性目線で見ても「たちの悪いワルさをする輩」だという感想がある一方、とは言いつつ物語の展開から言えば、ずる賢くてぬけめのない、トラブルメーカーのローキがいなければ話は進まず、物語にとっては重要な役目ではないかという意見にみなさん頷いていらっしゃいました。

 

最近出産したノルウェーの友人がお子さんにつけたイズーナという名前は、女神イズーナからいているという話に、他の参加者からも友人に男性の神トールやエーギル、フレイ、女性の神フレイヤの名前をよく聞いたとか、某国産車メーカーが出した車の名前が「ト―ル」だったので営業担当者に命名の由来を確認したところ知らなかったので、逆にトールの名前の説明をしましたという実体験も紹介されました。個人名に加えて映画やアニメのキャラクターにも神々の名前が使われるという話からは、ノルウェーのチョコレートの「フレイヤ」、検索サイトやチーズの商品名、スウェーデンノルウェーの地名などの例が次々にあげられ、北欧の人たちにとって神話は昔の物語ではなく、現在の生活文化の中にしっかりと根付いているのだと気づかされる機会にもなりました。

 

北欧神話は9世紀に古ノルド語で口承歌謡をまとめた『エッダ』と、13世紀に詩人スノッリ・ストゥルルソン(1178-1241)によって編纂された『スノッリのエッダ』が元になっています。古代ギリシア・ローマの神々と異なり北欧の神々に関する図像的資料は乏しく、その他の新資料もないため、北欧神話をたどる手掛かりはこの2点に限られるそうです。北欧神話に詳しい参加者から、本書パードリック・コラム(1881-1972)の『北欧神話』(1920年)はこれらふたつの『エッダ』の要素を残しつつ改変されている場面もあるという指摘がありました。例えば本書の第一話は神話全体の悲劇性を感じさせる世界の滅亡から始まっていますが、『エッダ』の構成はそうではないこと、また、物語終盤の神々と巨人族の戦いに至る直前にローキが魔女にあやつられる箇所は、『エッダ』では魔女の心臓を食べたローキが魑魅魍魎を生むという別の物語であることなどです。さらに、スノッリ自身はキリスト教徒だったという紹介もあり、全ての物が滅亡した後に再生される「意思」と「神聖」が支配する世界の出現は、もしかするとスノッリがキリスト教徒だった影響とも考えられるという話でした。今回取り上げたP.コラムの『北欧神話』はふたつの『エッダ』を正確になぞるものではないですが、本書のドラマチックな物語展開によって、神話の断片的なイメージがつながり、改めて全体を理解することができ、読みやすい本だったというのが、一致する感想です。

 

太陽や月を追いかけるオオカミや、女神が乗る車を二匹のネコがひっぱったり、世界の下でとぐろを巻くヘビがいたりと、想像を超えた大きさの動物たちが活躍し、自然や動物を身近に感じて受け入れる北欧のおおらかさ、スケールの大きさが印象に残ったという感想もありました。学生時代に北欧神話を古アイスランド語でじっくり読む授業があり、社会に出ても役に立たないなと思いつつ、ただただ面白かったという経験を話された方もありました。北欧文学を学ぶ人のなかには、馬や巨人に注目する人もいるとのこと。様々な視点から入っていける間口の広さも神話のよい点かもしれません。

 

近代ヨーロッパでは、都市文明的世界を代表する先進国フランスに対して、「遅れてきた」近代ドイツが北欧神話を「ゲルマン神話」としてドイツ精神のよりどころにしたという紹介がありました。一方で、19世紀の現代北欧では、大国が弱くなった時、自分たちにはコレがある!と北欧神話を掘り起こし、人間臭い神々たちを自分たちのアイデンティティとすることで北欧の人たちの活力につながったではないかという意見もありました。私たちが北欧諸国から受ける印象は平等な社会や寛容な人間性ですが、13 世紀に『スノッリのエッダ』が編まれた当時は必ずしもそうではなかったと言えます。北欧の人たちの平等で寛容な国民性が注目される今だからこそ、私たちは彼らのイメージを神話に投影して読んでいる部分もあるかもしれません。

 

神話に出てくる神々は清濁あわせもった妙に人間臭い存在であり、神様なのに滅亡してしまいます。人間臭いとは、言葉を替えれば人間社会そのものが投影されているともいえます。神々の欲望が、やがて世界を終末に導いていく姿は、今現在、世界が直面しているパンデミックを思わせるとの意見もありました。

 

これまで、何らかの形で北欧に接してきても、なかなか「北欧神話」に向かい合う機会がなかったのですが、今回の読書会はよいきっかけになった、もっと、早く読むべきだったという声もきかれました。参加者の意見から、神話を通して、知識や知恵、なにより言葉の大切さに気付かされましたが、それはどの文化にも共通して言えることでしょう。民話や文学や哲学、オペラ、映画やアニメに至るまで、北欧文化全般に大きな影響を残した源となる作品に触れた読書会となりました。今回もご参加いただいたみなさま、目から鱗のご教示を頂いたみなさまに感謝します。(弘)

 

作者紹介】パードリック・コラム(1881-1972)

アイルランドの詩人・劇作家。イェーツなどとともにアイルランド新劇運動に参加し、1914年にアメリカに移住した。数多くの詩・戯曲を残しているが、神話や伝説を子どものために再話する仕事にも情熱を注いだ。

 

【訳者紹介】尾崎 義(1903-1969)

リンドグレーン作品集」のうち、6冊を訳している(『名探偵カッレくん』シリーズ、『さすらいの孤児ラスムス』他)。著書に、『スウェーデン語辞典』(共著)、『フィンランド語四週間』など。

※作者・訳者紹介は本書より抜粋

 

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第8回ノルウェー読書会のお知らせ

8thノルウェー読書会のお知らせです。

 

第8回ノルウェー読書会は、P.コラム 作/尾崎 義 訳『北欧神話』(岩波少年文庫、2019)です。

 

太陽と月はオオカミに食べられてしまい、神様と人間は巨人族と戦い、世界はみんな燃えてなくなってしまった……北欧神話は私たちを、神と人間と自然が織りなす想像力豊かな物語に誘います。神の国アースガルドの個性的な神々も魅力的です。


北欧神話ゲルマン神話ともいわれ、言語的に英語やドイツ語にも影響を与え、
遠く離れた神話の世界のお話は、美術や音楽、文学のモチーフにもなってきました。
意外と私たちの近くにまでつながる北欧神話。この機会に読んでみませんか。

 

詳細は下記のチラシをご覧ください。
お申込みはノルウェー読書会 norwaybooks@gmail.com まで。
※メールアドレス、氏名(ふりがな)を明記してください。

ご参加をお待ちしています。

 

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第7回ノルウェー読書会 『小さなスプーンおばさん』を開催しました

第7回ノルウェー読書会『小さなスプーンおばさん

アルフ・プリョイセン作、大塚勇三訳、学研、1966年)

 

 

ある朝目覚めたら、自分の身体がスプーンくらいに小さくなっていた! 普通ならパニックで大騒ぎしそうなところですが、おばさんが最初につぶやいたのはこの言葉、「なるほど。スプーンみたいに小さくなっちゃったんなら、それでうまくいくようにやらなきゃならないわね」でした。

物語の冒頭(最初のベージ、最初の段落の数行目)、主人公の最初のセリフに読者の心はわしづかみにされ、後はもう、この不思議な「スプーンおばさん」の世界にぐいぐい引き込まれていくのです。

 

日本では1966年に出版された後、1983年にNHKのアニメで放映されたこともあり、私たちには馴染みのあるノルウェーの児童文学です。読書会開催告知の後、あっという間に定員いっぱいになったのも、「スプーンおばさん」の人気のお陰でしょう。コロナウィルスの感染対策のため、今回もオンラインのみの開催となりましたが、ノルウェー在住の方をはじめ、福島県から沖縄県まで、地域も年齢も様々な「スプーンおばさん」好きのみなさんにご参加いただきました。

 

アニメの前向きな歌詞が大好きだった、ビョ―ルン・ベルイの挿絵とお話が最高によく合っている、おじさんのことを「ごていしゅ」と言う言葉の響きに惹かれ、小学校4年の時に「ごていしゅ」が登場する創作作文まで書いたなど、「スプーンおばさん」との思い出はみなさん色々です。

 

ノルウェーでは絵本や物語におばさん、スウェーデンはおじさんがよく出てくるらしい」という話を皮切りに、「ノルウェーでは女性がどんな格好をしていようと何歳だろうと、生き生き元気にしていることが、いい社会の条件」、「この本が出版された当時は、まだ専業主婦が多い時代だが、かといっておじさんはひどい亭主でも高圧的な男でもなく、おばさんがいなくなると心配で探し回る、実はおじさんはおばさんが一番大事なんだと思う」、「ノルウェー語の“kjerringa miシャーリンガ・ミ(わたしのおばさん)“には日本の”愚妻“と似たニュアンスがあるが、これは愛情をこめて妻を呼ぶ時に使う言葉」、「小さくなって一大事なのに一番最初にすることが家事だったり、子ネコを見つける大冒険のあとに、おじさんのお昼を作らなきゃならないと言ったり。なのに、男女不平等というまでの深刻さがないのが不思議」など、スプーンおばさんとおじさんの夫婦関係についての話題がひとしきりありました。

 

また、翻訳についても原文の「blåbær(ブルーべり)」は、1966年当時の日本人には馴染みがなかっただろうから、イメージしやすい「コケモモ」と訳されているのではないか、「ja」を「なるほど」、「jeg」は「わたし、あたし」など状況に合わせた訳語が付けられていることを原書に照らしあわせて確認しつつ、大塚勇三氏の訳が江戸弁や山の手言葉を反映している点についても、参加者から、趣味の落語や文楽など大塚氏の頭の中にある豊富な「昔の言葉の図書館」が翻訳に生かされているのだろうとのコメントがありました。

 

さて、夏のベリー摘みはノルウェー人にとって一大イベント。「今年は60キロとったわよ!」とか、元気なおばさんたちが大活躍します。夏のベリーは大切に保存され、冬には最高のおもてなしになるそうです。本の中にも出てくる30枚のパンケーキも日常のことです。保育園でも山のように積み重ねられたパンケーキに何をつけて食べるかが子どもたちの楽しみなのだとか。「この本に描かれているのはノルウェーのごく普通の日常」という参加者の感想が、本を読んだ誰もが感じる不思議な安堵感に通じます。

 

とはいえ、ある朝突然小さくなっちゃうのは普通のことではありません。『ガリバー旅行記』(1726年)、『不思議の国のアリス』(1856年)、『ニルスの不思議な旅』(1906年)など、主人公の身体の大きさが変わる/変わったように感じられる物語が『スプーンおばさん』に与えた影響にも話が及び、「小さくなったおばさんは弱者。多様な視点から物事を見直すことを教えているのではないか」など、コロナ禍で社会のひずみが見える時代だからこその、考えさせられる意見もありました。

 

ノルウェーではクリスマス前後にラジオでよく流されるという、作者プリョイセンの作曲の歌を聴いたり、みなさんのお話が盛り上がったこともあり、休憩なし、2時間ノンストップの読書会があっという間に終わりました。参加者の言葉を借りれば、「男性のツボにはちょっとはまりにくい本ですが、誰かをこてんぱんにやっつけたり傷つけたりするのではなく、色んな視点、人や動物、自然も関わって助けあい、ちょっと落語風のオチもある。これからの子どもにも読んでほしい」そんな、素敵な物語でした。(弘)

 

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【作者紹介】アルフ・プリョイセン(1914-1970)

ノルウェーの作家、詩人、シンガーソングライター。貧しい家に生まれたため学校には通えず、農場で雇われて働くなどして成人したが、豊かな想像力を詩や文章で表現し、また、歌手としての才能にも恵まれた。

 

【訳者紹介】大塚 勇三(1921-2018)

児童文学者、翻訳家。旧満洲生まれ。東京帝国大学卒。1957-1966年平凡社勤務ののち、米・英・独・北欧の児童文学の翻訳に携わる。リンドグレーン、プリョイセンなどの翻訳を多く手掛ける。

 

【挿絵紹介】ビョールン・ベルイ(1923-2008)

スウェーデンの画家、イラストレーター。プリョイセンのスプーンおばさんシリーズや、リンドグレーンのエーミルくんシリーズの挿絵画家として、国際的に知られる。

 

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第7回ノルウェー読書会のお知らせ『小さなスプーンおばさん』

定員に達しましたので、受付を終了しました

 

7thノルウェー読書会のお知らせです。

 

第7回ノルウェー読書会は、アルフ・プリョイセン 作/大塚 勇三 訳『小さなスプーンおばさん』(学研、1996)です。

 

ある朝、目が覚めたらティースプーンくらいの大きさになってしまったおばさん。 

カラスの女王様になったり、子ねずみと自転車で遊んだり、たくましくて愉快で、素

敵なスプーンおばさんのお話です。

 

世界18言語に翻訳された人気シリーズ。日本では1983年にアニメ化され、NHK総合

レビで10分間(全130話)の番組として1年間放映されました。

 

一話読むごとに、豊かな自然のなかで人と動物たちが一緒に暮らす、ノルウェー

ゆったりとした時間に包み込まれます。初めての方も大歓迎です!

 

定員に達しましたので、受付を終了しました

詳細は下記のチラシをご覧ください。

お申込みはノルウェー読書会 norwaybooks@gmail.com まで。

※メールアドレス、氏名(ふりがな)を明記してください。

ご参加をお待ちしています。

 

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第6回ノルウェー読書会『ペール・ギュント』を開催しました

                    2021年3月27日(土)14:00~16:15

                            オンライン開催、参加者11名

 

    第6回ノルウェー読書会 ペール・ギュント

    ヘンリック・イプセン作、毛利三彌訳(論創社、2006年)

 

前半では、オンライン読書会のメリットを活かして、イプセンが友人の作曲家グリーグに依頼した上演のための付帯音楽『ペール・ギュント』(独唱あり、合唱ありのスケールの大きな管弦楽;1876年)を聴きながら、井上勢津さん(ノルウェー政府認定音楽療法士)が、1幕から5幕までの劇詩の流れにそって構成を丁寧に紹介し、曲の持っている意味、使われている楽器の特性(ハーディングフェーレの共鳴弦が調弦できる)など、音楽家ならではの解説がありました。以下、後半のやりとりの中で出された意見を紹介します。

 

ペール・ギュント』が詩として書かれているので、韻などもあって翻訳するのは難しい面があること、また、音楽としてみると『ペール・ギュント』は面白いこと、例えば、第2幕7場、闇の中でペールが「おまえは誰だ?」と問うて「声」が「おのれ自ら」「くねくね入道」と答えるシーン(38頁)では、トロンボーンが「声」を合図するというように、楽器との関連がみられるところなど。

 

民話や民俗音楽の要素が取り入れられて、ロマンティシズムが漂う作品になっているが、実は第二次シュレスウィヒ・ホルスタイン戦争(1864年~対プロイセンオーストリア)でデンマークを支持しようとしないノルウェーを、イプセンは口先だけの卑怯な国として、ペールを「いざとなると逃げてしまう情けない人間」として描いている。そうした人間さえも、ソールヴェイによって救われるのがこの作品。

 

第2幕6場のトロルの国ドヴレ王とペールとの会話で、王は、照り輝く大空の下では「人間よ、おのれ自らに徹せよ!」と言うが、われらトロルの間では「トロルよ、おのれ自らに満足せよ!」と言うとして、「“満足なれ”。この力強い言葉を、倅や、生涯の武器となせ!」(32頁)と呼びかける。そして、王の「このお菓子は牝牛の糞、このお茶は牡牛の小便、甘いか酸っぱいかは問題ではない。肝心なのはすべて国産品ということ」に対して、ペールは「国産品なんて糞くらえ!どうせどっかの真似だろう!…人間万事、慣れの世の中」(32頁)と返す。ここのところの“満足せよ”・“慣れ”という箇所が、イプセンがこの戦争で感じたノルウェー人の自分さえ良ければいいという自己中心的な性格を風刺しているのでは?

 

例えば、第4幕13場の「おのれ自らに徹して、…他人の悲しみに涙を流したりしない。他人のことを理解しようともしない。おのれ自ら、考えることも言うことも」(86頁)の箇所なども痛烈だ。

 

さらには、事業に成功したペールが知人たちとの会食の席で「行動する勇気を持つためのコツとはそも何か?…いつでも引き退ることができるように常にうしろに橋を作っておくこと。この理論がわが輩に成功をもたらした。…この理論は故郷の国民性から受け継いでいる」(58頁)という箇所も。また、「生まれはノルウェー人。しかし、育ちはコスモポリタン。…アメリカからは資本主義、ドイツからは観念…ユダヤ人の吝嗇、イタリアからは甘い生活…」(60頁)など。そして、「問題は資本だ!…世界中の資本家に…投資をつのる」(69~70頁)という箇所では、「お金」ではなく「資本」という言葉が使われている。ちなみに、マルクス資本論』第1巻が出版されたのも、『ペール・ギュント』と同じ1867年。

 

なお、「最低のヤンキーかぶれ」(62頁)の「ヤンキー」という用語は、イプセンの原著にもあり、日本では1904年に初めて使われている(日本国語大辞典)ことを確認するなど、物語だけではなく翻訳された単語にも話題が広がった。

 

「いまどきこんな立派なおっ母は、どこの村探したっていやしねえ」と言いつつ、「折檻したり、歌うたったり。礼をいうよ」(53頁)の箇所で、「折檻」という強い語気の単語は、ノルウェー語ではお尻ペンペンしつつ子守歌を歌うほどの意味合いか? というように謎が解けたのも、参加者が原文に当たったりノルウェー語の辞書を引いたりした成果である。

 

第4幕6場で、アニトラがペールについて、「彼の人の乗り物は、ミルク河のように白いお馬」(71頁)と言っているところで、“ミルクのように白い“という表現は性的なものをイメージさせる。第6~8場(70~78頁)では、そうした性的なものを感じさせる表現が続いている。

 

ペールを30年も待ち続けたソールヴェイは、ただ優しいだけの人間ではなく、信仰の中にある神聖な愛を秘めた強い人間ではなかったか? 「ソールヴェイの歌」を歌うときには、“決然として”歌わないと最後まで歌が続かない。やはり信仰を持つ強い女性ではないか!

 

物語の結末でペールは安息の眠り(=死)についたのか? それとも、ペールは快復して物語は続き、ソールヴェイはペールを「許す」というより「受け入れ」、尻に敷いたのではないか? 「おっ母、女房、けがれのない女―!」(121頁)の解釈を巡っても、一人の女性のなかの3側面か? それとも物語全体で、無償の愛・信仰の女(ペールの母オーセ、最後までペールを待つソールヴェイ)、家族という社会的責任を持つ女(ドヴレ王の娘、結婚式で略奪されたイングリ)、欲望の対象(山の女、アニトラ)を描き分けたのか? をめぐって意見が噴出した。


「おまえをあやし、見守ってあげる」(121頁)という結末は、男のエゴイズムをあらわす侮辱的な女性像としてのソールヴェイというカミラ・コレットの批判(訳者あとがき、124頁)の妥当性は? なお、近年の上演では、「自分探し」がテーマになっていることが多い。

 

以上、論点は多岐にわたりました。「このとっちらかった物語に、まとまりのある音楽を付けたグリーグはすごい!」との声もあり、今回の読書会はまとまらないということで、楽しい時間を終えました。また、今回は、早朝6時起きでノルウェーからの参加もありました。(掛)

 

【参考】「劇音楽《ペールギュント》全曲」は、下記のCDで入手することができる。

グリーグ管弦楽曲全集」オーレ・クリスティアン・ルード指揮、ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団、Bis:7318591440421(8枚組)

グリーグ「劇音楽《ペール・ギュント》全曲」パーヴォ・ヤルヴィ指揮、エーテボリ交響楽団、Dg:4775433(2枚組)

グリーグ「劇音楽《ペール・ギュント》全曲」ヘリムート・フロシャウアー指揮、ケルンWDR放送管弦楽団、Capriccio:C60110(2枚組)                                                                                                                           

 【作者紹介】ヘンリック・イプセン

1828年生、1906年没。ノルウェーの劇作家。近代劇の父と呼ばれる。前期の二大劇詩『ブラン』『ペール・ギュント』で北欧随一の詩人とされたが、その後の社会問題劇『人形の家』『ゆうれい』『人民の敵』で世界的な作家となる。つづいて『野がも』『ロスメルスホルム』『海の夫人』『ヘッダ・ガブラー』で、近代リアリズム劇の基盤を確立し、晩年は、『棟梁ソルネス』『小さなエイヨルフ』など、象徴性を帯びた作品を書いた。<奥付より>

 

【訳者紹介】毛利 三彌(もうり みつや)

1937年生。成城大学名誉教授。東京大学文学部卒業、カリフォルニア大学大学院演劇科修士課程修了。ノルウェー学士院会員。日本演劇学会会長(1996~2005年)。著書に『イプセンの劇的否定性―前期作品の研究』(白鳳社、1977年)、『北欧演劇論』(東海大学出版会、1980年)、『イプセン戯曲選集―現代劇全作品』(東海大学出版会、1997年)など。

6thノルウェー読書会のお知らせ『ペール・ギュント』

6th ノルウェー読書会のお知らせです。

 

第6回ノルウェー読書会は、ヘンリック・イプセン 作/毛利 三彌 訳『ペール・ギュント』(論創社、2006)です。

 

自由奔放で楽天家の主人公ペールの奇想天外な旅と冒険、波乱万丈の生涯を描いた劇詩です。上演にあたり、友人の作曲家エドワルド・グリーグが書いた『ペール・ギュント組曲』も有名。ノルウェー政府認定音楽療法士として活躍する井上勢津さんと一緒に読んでみませんか。

 

詳細は下記のチラシをご覧ください。

お申込みはノルウェー読書会 norwaybooks@gmail.com まで。

※メールアドレス、氏名(ふりがな)を明記してください

ご参加をお待ちしています。

 

6thノルウェー読書会『ペール・ギュント

2021年3月27日(土)14-16時

会場:Zoomによるオンライン開催

    ※本は各自で事前にお読みください

    ※PC環境・通信状況および、Zoomの利用方法についての 

     サポート等は対応できません。予めご了承ください

    ※配信内容の録音・録画はご遠慮頂きますようお願いします

 

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第5回ノルウェー読書会『太陽の東 月の西』開催しました

第5回ノルウェー読書会『太陽の東 月の西』(アスビョルンセン編、佐藤俊彦訳、岩波少年文庫2014)

 

「むかし むかし あるところに」、いくつになっても懐かしくてあたたかい

 

今回とりあげた岩波少年文庫『太陽の東 月の西』は、ノルウェーの動物学者ペテル・クリステン・アスビョルンセン(1812-1885)と牧師・詩人のヨルゲン・モオ(1813-1882)によって刊行された『ノルウェー民話集』(全3巻・1944)、『民話選』(1951)の中から18話を選び、1958年岩波少年文庫初版の後、新版4刷として2014年に発行されたものです。岩波少年文庫は1950年のクリスマスに創刊。現在、収録作品数460を超える文庫の創刊の5冊に、ノルウェーの作家マリー・ハムズン『小さい牛追い』が入っているのも嬉しいことです。 

 

第5回ノルウェー読書会は、新型コロナウィルスの感染拡大に伴う2回目の緊急事態宣言(1/7)が発令されたことを受けて、初めてオンラインで開催しました。参加者は10名。子どものころに読んだ本が『太陽の東 月の西』だったという方、スウェーデンに詳しい方など北欧好き、本好きが集まって、翻訳家・演劇研究家のアンネ・ランデ・ペ―タスさんのお話を聞きながら語り合いました。

 

魔物の呪いで姿を変えられた王子様の話や、貧しい家に生まれた三人兄弟の末っ子が兄たちを助けたり、お金持ちになっておひめさまと結婚する話などの世界共通の物語や、「海の水はなぜからい」など日本の昔話との共通の話もある一方、白クマや氷の城など、厳しい自然環境の中で生活する人々の暮らしの中から生まれた北欧の民話ならではのお話もあります。

 

ノルウェー民話が出版される背景には、長くデンマーク支配下にあったノルウェーが1814年にスウェーデンとの同君連合同君連合に組みこまれたことや、ノルウェーでも民族ロマン主義が高まっていたことがあげられます。当時、ヨーローッパではすでにアンデルセンやグリム兄弟も地方の民話を収集・刊行していました。ノルウェーでも、ノルウェー語で語り継がれてきた民話を文字化した『ノルウェー民話集』が出版されたことで、それまでノルウェー風に発音したデンマーク語が公用語だった社会に、ノルウェー語方言を書き言葉としてまとめた自国の言葉ランスモール(ニーノシュク)が生まれる背景にもなりました。アンネさんの言葉を借りれば、1840年代はまさに「ノルウェーとはなんなんだ、とノルウェー人が自身のアイデンティティを問い、自国の文学や芸術に目を向けたノルウェーにとって歴史的な時間だった」といえます。かのイプセン奨学金をもらって1年間ノルウェー各地を回って民話の聞き書きをしたそうです。

 

さて、かつてのノルウェーの家庭では、一日の仕事が終わって家族がみんな家に戻った黄昏時、ランプに灯をともすにはまだ少し早い、その1時間半くらいの時間が、子どもに昔話を聞かせる「家族のくつろぎの時間」だったそうです。素敵ですね。もちろん、人生のどんな時でも民話はノルウェー人のすぐそばにあります。テレビのCMが昔話のパロディだったり、民話をポリティカル・コレクトな物語にして遊んでみたり、民話を下敷きに皮肉を込めた劇にしてみたり!

 

トロルの屋敷に忍び込んだ王子様の匂いは、日本語訳では「人間の骨と血の匂い」ですが、ノルウェー語では「キリスト教徒の匂い」だそうです。キリスト教が入ってくる以前の信仰と、キリスト教の対峙が物語には見え隠れします。ノルウェーの民話には共通する数の繰り返が見られ、キリスト教の神・イエス・精霊の三位一体の3だとか、12人の使徒に通じる12等々。また、ハーダンゲル・バイオリンや笛はキリスト教以前の民族音楽に使われる楽器なのでそれらを奏でるのは罪に当たると考えられていたとか、それでもアンネさんのおばあさんの世代は妖精もこっそり信じていたとか、日本とノルウェーの文化に精通するアンネさんならではのコメントが続いた2時間でした。

 

日本でもノルウェーでも同じですが、民話の中には実は残酷な場面が描かれていたりします。でも、最近のノルウェーの子どもたちは悪者であるはずのトロルが「一人ぼっちで可哀そう」、と相手の立場にたって考え、今では原作を基にした別の結末のお話も出版されているそうです。

 

昔話の決まり文句「むかし、むかし、あるところに ~ であったとさ」にあたるノルウェー語や、「ねえ、おか~さん、ね、お願い!お願い!」とか、橋を渡るヤギの足音の違いなど、アンネさんから韻を踏んだリズミカルなノルウェー語が聞けたことも民話の持つ言葉のちからを知る貴重な体験でした。参加された方からの「民話は耳で聞いて楽しむものですね」との声に、一同納得でした。

 

アンネさんからは、「日本人はそのままを真面目に捉えるから、これって全部本当じゃないよねっ。あははは。というアイロニー(皮肉)が効いたユーモアのセンスも大事です」とも。そうです、日本の昔話や江戸小噺にも、そんな明るさやユーモアがありました。『ノルウェーの民話』から、その国の人たちの歴史や風習、生活の一端を知るとともに、私たちの文化や暮らしの中で、忘れられているものに気づかされた一冊でした。(弘)

 

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【編者紹介】ペテル・クリステン・アスビョルンセン(1812-1885)

ノルウェーの動物学者。ヨルゲン・モオ(牧師・詩人、1813-1882)とともにノルウェーの昔話の採集・研究を行った。2人が1842年に初めて出版した『ノルウェーの民話』は、ヨーロッパで評判となり、さらに1859年にジョージ・ダセントという外交官によって英訳が出され、世界的に広まった。「3びきのやぎのがらがらどん」で知られる

 

【訳者紹介】佐藤 俊彦(さとう としひこ、1929-)

ウィスコンシン大学大学院修了、翻訳家。著書に『北欧の民話』『リンカーン:民主主義の父』。訳書に『名探偵ホームズの冒険』『愛より愛へ』などがある

 

【挿絵紹介】富山妙子(とみやま たえこ1921-)

神戸生まれ。1938年ハルピン女学校卒業、女子美術専門学校(現・女子美術大学)中退。1950年代に入り、画家の社会的参加として、筑豊炭鉱や鉱山をテーマに労働者を描く。絵本の挿絵も多数手がける。

 

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