第8回 『北欧神話』読書会ノート

第8回ノルウェー読書会

北欧神話』P.コラム 作/尾崎義 訳(岩波少年文庫、1996)

 

「読書会」というものに初めて参加されるという方、昨年までノルウェーで1年間生活していたという方、北欧神話の知識をお持ちの方、スウェーデンデンマークアイスランドなど北欧諸国に関心がある方など、今回も福島、千葉、東京、滋賀、京都、大阪などからお集まりいただき、オンラインで自由に語り合いました。

 

北欧神話の神々の中で人気が高いのは、雷の神トールや神々の父オージンで、良いことも悪いこともする神ローキは、男性目線で見ても「たちの悪いワルさをする輩」だという感想がある一方、とは言いつつ物語の展開から言えば、ずる賢くてぬけめのない、トラブルメーカーのローキがいなければ話は進まず、物語にとっては重要な役目ではないかという意見にみなさん頷いていらっしゃいました。

 

最近出産したノルウェーの友人がお子さんにつけたイズーナという名前は、女神イズーナからいているという話に、他の参加者からも友人に男性の神トールやエーギル、フレイ、女性の神フレイヤの名前をよく聞いたとか、某国産車メーカーが出した車の名前が「ト―ル」だったので営業担当者に命名の由来を確認したところ知らなかったので、逆にトールの名前の説明をしましたという実体験も紹介されました。個人名に加えて映画やアニメのキャラクターにも神々の名前が使われるという話からは、ノルウェーのチョコレートの「フレイヤ」、検索サイトやチーズの商品名、スウェーデンノルウェーの地名などの例が次々にあげられ、北欧の人たちにとって神話は昔の物語ではなく、現在の生活文化の中にしっかりと根付いているのだと気づかされる機会にもなりました。

 

北欧神話は9世紀に古ノルド語で口承歌謡をまとめた『エッダ』と、13世紀に詩人スノッリ・ストゥルルソン(1178-1241)によって編纂された『スノッリのエッダ』が元になっています。古代ギリシア・ローマの神々と異なり北欧の神々に関する図像的資料は乏しく、その他の新資料もないため、北欧神話をたどる手掛かりはこの2点に限られるそうです。北欧神話に詳しい参加者から、本書パードリック・コラム(1881-1972)の『北欧神話』(1920年)はこれらふたつの『エッダ』の要素を残しつつ改変されている場面もあるという指摘がありました。例えば本書の第一話は神話全体の悲劇性を感じさせる世界の滅亡から始まっていますが、『エッダ』の構成はそうではないこと、また、物語終盤の神々と巨人族の戦いに至る直前にローキが魔女にあやつられる箇所は、『エッダ』では魔女の心臓を食べたローキが魑魅魍魎を生むという別の物語であることなどです。さらに、スノッリ自身はキリスト教徒だったという紹介もあり、全ての物が滅亡した後に再生される「意思」と「神聖」が支配する世界の出現は、もしかするとスノッリがキリスト教徒だった影響とも考えられるという話でした。今回取り上げたP.コラムの『北欧神話』はふたつの『エッダ』を正確になぞるものではないですが、本書のドラマチックな物語展開によって、神話の断片的なイメージがつながり、改めて全体を理解することができ、読みやすい本だったというのが、一致する感想です。

 

太陽や月を追いかけるオオカミや、女神が乗る車を二匹のネコがひっぱったり、世界の下でとぐろを巻くヘビがいたりと、想像を超えた大きさの動物たちが活躍し、自然や動物を身近に感じて受け入れる北欧のおおらかさ、スケールの大きさが印象に残ったという感想もありました。学生時代に北欧神話を古アイスランド語でじっくり読む授業があり、社会に出ても役に立たないなと思いつつ、ただただ面白かったという経験を話された方もありました。北欧文学を学ぶ人のなかには、馬や巨人に注目する人もいるとのこと。様々な視点から入っていける間口の広さも神話のよい点かもしれません。

 

近代ヨーロッパでは、都市文明的世界を代表する先進国フランスに対して、「遅れてきた」近代ドイツが北欧神話を「ゲルマン神話」としてドイツ精神のよりどころにしたという紹介がありました。一方で、19世紀の現代北欧では、大国が弱くなった時、自分たちにはコレがある!と北欧神話を掘り起こし、人間臭い神々たちを自分たちのアイデンティティとすることで北欧の人たちの活力につながったではないかという意見もありました。私たちが北欧諸国から受ける印象は平等な社会や寛容な人間性ですが、13 世紀に『スノッリのエッダ』が編まれた当時は必ずしもそうではなかったと言えます。北欧の人たちの平等で寛容な国民性が注目される今だからこそ、私たちは彼らのイメージを神話に投影して読んでいる部分もあるかもしれません。

 

神話に出てくる神々は清濁あわせもった妙に人間臭い存在であり、神様なのに滅亡してしまいます。人間臭いとは、言葉を替えれば人間社会そのものが投影されているともいえます。神々の欲望が、やがて世界を終末に導いていく姿は、今現在、世界が直面しているパンデミックを思わせるとの意見もありました。

 

これまで、何らかの形で北欧に接してきても、なかなか「北欧神話」に向かい合う機会がなかったのですが、今回の読書会はよいきっかけになった、もっと、早く読むべきだったという声もきかれました。参加者の意見から、神話を通して、知識や知恵、なにより言葉の大切さに気付かされましたが、それはどの文化にも共通して言えることでしょう。民話や文学や哲学、オペラ、映画やアニメに至るまで、北欧文化全般に大きな影響を残した源となる作品に触れた読書会となりました。今回もご参加いただいたみなさま、目から鱗のご教示を頂いたみなさまに感謝します。(弘)

 

作者紹介】パードリック・コラム(1881-1972)

アイルランドの詩人・劇作家。イェーツなどとともにアイルランド新劇運動に参加し、1914年にアメリカに移住した。数多くの詩・戯曲を残しているが、神話や伝説を子どものために再話する仕事にも情熱を注いだ。

 

【訳者紹介】尾崎 義(1903-1969)

リンドグレーン作品集」のうち、6冊を訳している(『名探偵カッレくん』シリーズ、『さすらいの孤児ラスムス』他)。著書に、『スウェーデン語辞典』(共著)、『フィンランド語四週間』など。

※作者・訳者紹介は本書より抜粋

 

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