7月の参議院議員選挙を前に、街中で選挙のポスターを目にすることが増えたのではないでしょうか。第12回の読書会では、三井マリ子著『さよなら!一強政治』を取り上げました。
本書は第Ⅰ部が「小選挙区制の日本」、第Ⅱ部が「比例代表制のノルウェー」という構成になっています。意識的に情報収集をしない限り、外国の選挙制度を詳しく知る機会というのはあまりないかと思いますが、本書を読むと「選挙というのはこういうもの」と思っている私たちの「当たり前」がそうではないのだということに驚かされます。
今回は、昔から選挙制度に興味があるという方、著者とは古くからのお知り合いという方などが参加されました。
日本の選挙 ―「当たり前」は、そうではない ―
本書は、著者が想田和弘監督の映画『選挙』のDVDをノルウェーの友人夫妻に見せる、というところから始まります。彼らは、映画の中で自分の名前の連呼をするだけの候補者の姿を見て驚きあきれ「日本の選挙は哀れすぎる」(24ページ)という感想をもらします。
日本の選挙の様子一つ一つについて著者に質問する夫妻。日本では候補者が一堂に集まっての政策討論会が法律で禁止されていると聞けば「絶対にありえない。冗談だよね」、選挙カーで名前を叫び続けることに対しては、あれで「どういうメッセージを有権者に送れたというのだ」、「一票を私に」と懇願している候補者を見て「政治家は、市民への奉仕者だけど、市民の指導者でもある。市民を指導していく人間が卑屈すぎる」といったやり取りが続きます。
これらはきっと選挙期間中に皆さんもよく目にする風景かと思いますが、改めてそれを日本以外の国の人に説明すると想像したら、いかに私たちがよく考えもせずそれを受け入れてしまっているかということに気付かされます。
「これが自分の国の今の状態か…」と、なかば恥ずかしい気持ちになりながら読み進めていくと、それこそノルウェーとの違いを嫌というほど思い知らされることになります。ぜひその衝撃を皆さんも実際に読んで感じていただきたいところですが、参加者からも本書には「簡潔に、でもとても大切なことが表現されているフレーズが随所にある」という感想がありましたので少し紹介します。
・小選挙区制選挙の弱点の中でも最大の弱点は、「死に票」の多さにある。つまり民意が反映されない制度なのである(65ページ)
・福祉や教育は社会の活力を生み出す立派な産業(175ページ)
・ノルウェーとの最大の違いは、少数意見が抹殺されることのない選挙制度を持つか持たないかの違いだと思い知る(188ページ)
・選ばれた人の報酬は選んでくれた人たちを超えてはいけない(208ページ)
ノルウェーの若者と選挙
この本を読み終わると、おそらく多くの人は「民意を掬い上げてくれる比例代表制に」との思いを強くするのではないかと思いますが、今の日本で採用されていないというのは、何が問題なのでしょう。
本書のノルウェーパートでは「クラスメートが国会議員に立候補しています」という高校生が紹介されていますし、地方議員は通常の仕事や学業をしながらの無給ボランティアなので、教員が市会議員を務めることも珍しくないのだそうです。
第Ⅱ部の最初で取り上げられている「スクール・エレクション」も印象的で、これはノルウェー全土で高校生が国政選挙や統一地方選挙本番の一週間前までに行う「模擬選挙」のことなのですが、教員の介入もなく高校生たちは実にのびのびと「生きた政治」を学んでいるようです。
ノルウェーに住んでいた経験のある参加者も「ノルウェーの若者は支持政党をはっきり持っている。きちんと意見を言うという印象。意見は記名でという、そういう意識が1票を投じるという行動につながっている。自分の発言に責任を持てるということ」と付け加えます。
こんな風に友達や先生が政治活動していれば自然と興味も出てくると思いますが、日本では、親子や友達との会話で政治の話題って気軽に出てきているでしょうか? 政治を行う議員という存在は、我々一般の市民と違う世界の話、といった印象ではないでしょうか?
日本の若者と政治
今回の進行役からは、「日本では大学紛争を機に、1969年秋から高校生の政治活動が禁止されて2015年の18歳選挙権まで46年間つづき、加えて同じ時期に大学の授業料がどんどん上げられて親に学費の面で依存せざるを得なくなり、親の言うことをよくきいて、アルバイトに忙しく社会変革の活動経験がない学生がつくられた」と、日本の若者をめぐるあゆみが紹介されました。
たとえば保育の問題にしても、何もないところから自分たちで共同保育所を作った世代と、決められた制度の範囲内でしかやれないと思って諦めてしまっている世代の隔たりを感じることもあるそうです。
でも考えてみれば、政治経験がないのは若い世代だけではないのです。家庭でも学校でも話題にならないし、意識の持ちようがありません。何名かの参加者からも「報道されない。メディアがもっと取り上げて、そういう方向に目を向けさせないといけない」という意見が共通して出ていました。
デモなどに気軽に参加する、という感覚も日本ではあまりないように感じます。参加者のお一人は「選挙制度に問題があると言う人があまりにも少ない。比例代表みたいな発想が除外されている。日本社会の中にもっと議論するような動きを作っていかないといけない」と発言されていました。
ご自分で「後期高齢者」とおっしゃった参加者は、女性の参政権が認められたということをとても大切に考えておられ、一度も棄権したことはないとのことでした。選挙権の歴史的な重みを伝えていくのが自分たちの世代の使命と感じておられるそうです。
学生さんと接する機会の多い参加者からは「若い人たちに夢とか希望とか欲がなくて、みんないい子なのだけど、大人がそういう風にしてしまった。教育を変えることと政治を変えること、どちらが先かみたいな話になってしまう」と話されました。若い世代に限らず、自分たちが社会変革活動に参加した経験がないため、「自分の意見が世の中を変える」と信じにくいということがあるのかもしれません。
それでも「だから現状を変えるのは難しい」で終わらせず、結局できるのは「諦めないこと」になってしまうのかもしれませんが、こういった本を一人でも多くの人に知ってもらうことで、行動する人が増えていくのかもしれません。「知らないと動けない。疑問に思っても自分の意見のアピールの仕方を日本人はよく知らない。住民投票やデモなど手だてを知ることが大事」との意見も出ました。
視点を変えて、未来を変える
ただ暗い話ばかりではなく、「数年前に比べたら、SDGsが浸透してきた。その中には、男女平等や政治を変えていく意識も組み込まれている。それが一つのきっかけにならないか。国内の資産運用企業の中にも、投資先企業が女性役員ゼロのところには投資しないという動きも出てきたし、若い人たちの視点が社会を変えるきっかけになってくれれば」との感想もありました。
若い人が行動していないわけでは決してなくて、参加者が調べてきた新聞記事によれば、青森の女子中学生が学校へのエアコン設置等を村議会に訴えて一億円の予算を獲得した、という話もありましたし、また別の方からは「KNOW NUKES TOKYO」という核廃絶運動をしている大学生たちはものすごい勉強量で、活動をしていない他の学生にすごく影響を与えるのを目の当たりにした、という体験も聞けました。同世代だから心を打つ、かつての核廃絶運動とは違うアプローチで若い世代に訴える方法を持っていて、反対にこういう方法を取らないと若い人は離れていくのかもしれない、と思われたそうです。
著者はあとがきで「選挙制度が一朝一夕に変えられるものではないことは、よくわかる。でも私は変えたい」(235ページ)と書いています。「本書は比例代表制への一里塚のつもり。これから仲間を募り希望への旅を続けていきたい」とのことでした。このメッセージにどのような反応をしていくのか、ノルウェーを単純に模倣するというのではなく、日本にいる私たちの問題をきちんと見て、考えていかなくてはと感じました。(野)
*第12回ノルウェー読書会は、ノルウェー大使館の助成を受けて開催されました。