第6回 ノルウェー読書会のお知らせ『ペール・ギュント』

6th ノルウェー読書会のお知らせです。

 

第6回ノルウェー読書会は、ヘンリック・イプセン 作/毛利 三彌 訳『ペール・ギュント』(論創社、2006)です。

 

自由奔放で楽天家の主人公ペールの奇想天外な旅と冒険、波乱万丈の生涯を描いた劇詩です。上演にあたり、友人の作曲家エドワルド・グリーグが書いた『ペール・ギュント組曲』も有名。ノルウェー政府認定音楽療法士として活躍する井上勢津さんと一緒に読んでみませんか。

 

詳細は下記のチラシをご覧ください。

お申込みはノルウェー読書会 norwaybooks@gmail.com まで。

※メールアドレス、氏名(ふりがな)を明記してください

ご参加をお待ちしています。

 

6thノルウェー読書会『ペール・ギュント

2021年3月27日(土)14-16時

会場:Zoomによるオンライン開催

    ※本は各自で事前にお読みください

    ※PC環境・通信状況および、Zoomの利用方法についての 

     サポート等は対応できません。予めご了承ください

    ※配信内容の録音・録画はご遠慮頂きますようお願いします

 

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第5回『太陽の東 月の西』読書会ノート

第5回ノルウェー読書会『太陽の東 月の西』(アスビョルンセン編、佐藤俊彦訳、岩波少年文庫2014)

 

「むかし むかし あるところに」、いくつになっても懐かしくてあたたかい

 

今回とりあげた岩波少年文庫『太陽の東 月の西』は、ノルウェーの動物学者ペテル・クリステン・アスビョルンセン(1812-1885)と牧師・詩人のヨルゲン・モオ(1813-1882)によって刊行された『ノルウェー民話集』(全3巻・1944)、『民話選』(1951)の中から18話を選び、1958年岩波少年文庫初版の後、新版4刷として2014年に発行されたものです。岩波少年文庫は1950年のクリスマスに創刊。現在、収録作品数460を超える文庫の創刊の5冊に、ノルウェーの作家マリー・ハムズン『小さい牛追い』が入っているのも嬉しいことです。 

 

第5回ノルウェー読書会は、新型コロナウィルスの感染拡大に伴う2回目の緊急事態宣言(1/7)が発令されたことを受けて、初めてオンラインで開催しました。参加者は10名。子どものころに読んだ本が『太陽の東 月の西』だったという方、スウェーデンに詳しい方など北欧好き、本好きが集まって、翻訳家・演劇研究家のアンネ・ランデ・ペ―タスさんのお話を聞きながら語り合いました。

 

魔物の呪いで姿を変えられた王子様の話や、貧しい家に生まれた三人兄弟の末っ子が兄たちを助けたり、お金持ちになっておひめさまと結婚する話などの世界共通の物語や、「海の水はなぜからい」など日本の昔話との共通の話もある一方、白クマや氷の城など、厳しい自然環境の中で生活する人々の暮らしの中から生まれた北欧の民話ならではのお話もあります。

 

ノルウェー民話が出版される背景には、長くデンマーク支配下にあったノルウェーが1814年にスウェーデンとの同君連合同君連合に組みこまれたことや、ノルウェーでも民族ロマン主義が高まっていたことがあげられます。当時、ヨーローッパではすでにアンデルセンやグリム兄弟も地方の民話を収集・刊行していました。ノルウェーでも、ノルウェー語で語り継がれてきた民話を文字化した『ノルウェー民話集』が出版されたことで、それまでノルウェー風に発音したデンマーク語が公用語だった社会に、ノルウェー語方言を書き言葉としてまとめた自国の言葉ランスモール(ニーノシュク)が生まれる背景にもなりました。アンネさんの言葉を借りれば、1840年代はまさに「ノルウェーとはなんなんだ、とノルウェー人が自身のアイデンティティを問い、自国の文学や芸術に目を向けたノルウェーにとって歴史的な時間だった」といえます。かのイプセン奨学金をもらって1年間ノルウェー各地を回って民話の聞き書きをしたそうです。

 

さて、かつてのノルウェーの家庭では、一日の仕事が終わって家族がみんな家に戻った黄昏時、ランプに灯をともすにはまだ少し早い、その1時間半くらいの時間が、子どもに昔話を聞かせる「家族のくつろぎの時間」だったそうです。素敵ですね。もちろん、人生のどんな時でも民話はノルウェー人のすぐそばにあります。テレビのCMが昔話のパロディだったり、民話をポリティカル・コレクトな物語にして遊んでみたり、民話を下敷きに皮肉を込めた劇にしてみたり!

 

トロルの屋敷に忍び込んだ王子様の匂いは、日本語訳では「人間の骨と血の匂い」ですが、ノルウェー語では「キリスト教徒の匂い」だそうです。キリスト教が入ってくる以前の信仰と、キリスト教の対峙が物語には見え隠れします。ノルウェーの民話には共通する数の繰り返が見られ、キリスト教の神・イエス・精霊の三位一体の3だとか、12人の使徒に通じる12等々。また、ハーダンゲル・バイオリンや笛はキリスト教以前の民族音楽に使われる楽器なのでそれらを奏でるのは罪に当たると考えられていたとか、それでもアンネさんのおばあさんの世代は妖精もこっそり信じていたとか、日本とノルウェーの文化に精通するアンネさんならではのコメントが続いた2時間でした。

 

日本でもノルウェーでも同じですが、民話の中には実は残酷な場面が描かれていたりします。でも、最近のノルウェーの子どもたちは悪者であるはずのトロルが「一人ぼっちで可哀そう」、と相手の立場にたって考え、今では原作を基にした別の結末のお話も出版されているそうです。

 

昔話の決まり文句「むかし、むかし、あるところに ~ であったとさ」にあたるノルウェー語や、「ねえ、おか~さん、ね、お願い!お願い!」とか、橋を渡るヤギの足音の違いなど、アンネさんから韻を踏んだリズミカルなノルウェー語が聞けたことも民話の持つ言葉のちからを知る貴重な体験でした。参加された方からの「民話は耳で聞いて楽しむものですね」との声に、一同納得でした。

 

アンネさんからは、「日本人はそのままを真面目に捉えるから、これって全部本当じゃないよねっ。あははは。というアイロニー(皮肉)が効いたユーモアのセンスも大事です」とも。そうです、日本の昔話や江戸小噺にも、そんな明るさやユーモアがありました。『ノルウェーの民話』から、その国の人たちの歴史や風習、生活の一端を知るとともに、私たちの文化や暮らしの中で、忘れられているものに気づかされた一冊でした。(弘)

 

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【編者紹介】ペテル・クリステン・アスビョルンセン(1812-1885)

ノルウェーの動物学者。ヨルゲン・モオ(牧師・詩人、1813-1882)とともにノルウェーの昔話の採集・研究を行った。2人が1842年に初めて出版した『ノルウェーの民話』は、ヨーロッパで評判となり、さらに1859年にジョージ・ダセントという外交官によって英訳が出され、世界的に広まった。「3びきのやぎのがらがらどん」で知られる

 

【訳者紹介】佐藤 俊彦(さとう としひこ、1929-)

ウィスコンシン大学大学院修了、翻訳家。著書に『北欧の民話』『リンカーン:民主主義の父』。訳書に『名探偵ホームズの冒険』『愛より愛へ』などがある

 

【挿絵紹介】富山妙子(とみやま たえこ1921-)

神戸生まれ。1938年ハルピン女学校卒業、女子美術専門学校(現・女子美術大学)中退。1950年代に入り、画家の社会的参加として、筑豊炭鉱や鉱山をテーマに労働者を描く。絵本の挿絵も多数手がける。

 

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第5回 ノルウェー読書会のお知らせ『太陽の東 月の西』

5th ノルウェー読書会のお知らせです。


第5回ノルウェー読書会は、アスビョルンセン 編/佐藤 俊彦 訳『太陽の東 月の西』(岩波少年文庫、2014)をとりあげます。


ノルウェー語の「民話」は、「物語」と「冒険」の二つの意味があるそうです。
おひめさまやトロルやヤギや北風やパンケーキ!
いろんな主人公が活躍する18のノルウェーの民話を、演劇研究家・翻訳家のアンネ・ランデ・ペ―タスさんと一緒に読みませんか。

詳細は下記のチラシをご覧ください。

お申込みはノルウェー読書会 norwaybooks@gmail.com まで。
※メールアドレス、氏名(ふりがな)を明記してください

ご参加をお待ちしています。

 

5thノルウェー読書会『太陽の東 月の西』

2021年2月20日(土)14-16時

会場:Zoomによるオンライン開催
    ※本は各自で事前にお読みください
    ※PC環境・通信状況および、Zoomの利用方法についての 
     サポート等は対応できません。予めご了承ください
    ※配信内容の録音・録画はご遠慮頂きますようお願いします

 

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第5回 ノルウェー読書会 延期のお知らせ『太陽の東 月の西』

5th ノルウェー読書会 延期のお知らせ

 

1月13日に京都府に発令された緊急事態宣言を受け、1月30日に開催予定の第5回ノルウェー読書会を延期いたします。

参加申し込みを頂いたみなさま、参加ご希望のみなさまには大変申し訳ございません。

改めて開催日程をお知らせしますので、しばらくお待ちください。

 

なお、課題本の変更はございません。

第5回ノルウェー読書会 『太陽の東 月の西』アスビョルンセン 編/佐藤 俊彦 訳(岩波少年文庫、2014) 

 

新型コロナウィルスの早期収束を願うとともに、みなさまのご健康をお祈り申しあげます。

 

 

 





 

第4回 『北欧の幸せな社会のつくり方 − 10代からの政治と選挙』読書会ノート

第4回 ノルウェー読書会 『北欧の幸せな社会のつくり方 − 10代からの政治と選挙』

(あぶみあさき著、かもがわ出版、2020年)

ん? 選挙って楽しそう! そっか、幸せな社会ってこうやってつくるんだ

 

  第4回の読書会では、社会系の新刊を取り上げました。草の根の民主主義が根付いた北欧社会の選挙制度については、さまざまな書籍や記事で取り上げられていますが、今回の『北欧の幸せな社会のつくり方』では、とくに若者に焦点が当てられています。読書会には30代から60代、かつての若者が6名集まりました。

  本を手に取り最初に出たのが、ポップな見た目についての感想でした。ノルウェーデンマークスウェーデンフィンランドからの取材写真がこれでもかというほど掲載されていて、若者の楽しげで生き生きした様子に「本当に政治の、選挙の一場面?」と驚きます。そして少し読み進めると「選挙や日常にみる、北欧デザインの役割」というページがあり、なるほどと納得。〈…選挙や政治にも北欧デザインを見つけることができる。どの媒体も、「民主的な構成」になっているかを考慮して作成〉〈民主主義には「わかりやすさ」も含まれ、…各党の選挙スタンドがカラフルで楽しい北欧デザインになっているのも、市民に親しんでもらおうと考えられた結果〉(p.34)とのこと。わかりやすさ=民主主義の視点は、日本のいろんな場面ですぐにでも参考になりそうです。

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Foto: S. Inoue

  上の写真は、参加者のおひとりからいただいた2013年国政選挙時の様子です。選挙期間中、オスロの目抜き通りに、このような選挙スタンドが並びます。だれでもスタンドに立ち寄り、各政党の政策について質問したり、議論したりすることができます。有権者に関心をもってもらう方法はいろいろあるのだなぁと感じました(ただし、こうした選挙スタンドが出るのは、オスロなどの大都市に限られると思います)。

  さらに、本書の写真を見ていると「デモの参加者に女の子が多いね」という声が出ました。「毎週金曜日、子どもたちがお手製のプラカードを持って集まる。気候変動デモ」からのページ(pp.110-)には、とくに小中高生の参加するデモの様子が紹介されています。女の子や女性の数が多く、その力強い姿が印象的。デモなどを通して、移民、女性、若者という社会の少数派が声を上げやすく、その訴えに耳を傾けようとする社会的な土壌があるのでしょう。そして、こうした子ども時代からの経験が、若者や女性の積極的な政治参加につながっていくのだろうなと思いました。

  著者と同年代の参加者からは、「同い年くらいの人が、偶然ノルウェーに行き、ジャーナリストになり、政治に強い関心をもつようになり、こういう本を出していることに感動したし、それをあと押しするような社会に力を感じた」という感想が出ました。本書を読んでいると、学校や社会が、男女を問わず、小さな子どものころから自分の意見を口に出すこと、民主的な議論と行動を尊重することを教え、積極的な政治参加をあと押ししていることがよくわかります。そのためのさまざまな工夫が、この本には紹介されています。

 〈報道の自由度ランキング〉を取り上げたコラムからは、「検閲など、報道の自由度のとらえ方が日本とずいぶんと違う」、「以前、ノルウェーのニュース報道でホームレスの人にインタビューしているときに、『ホームレス』という肩書とその人の実名が出ていたのに驚いた」、「本のタイトルに『幸せな』は必要だった?」など、いろいろな方向に話が広がり、読書会の2時間はあっという間に過ぎていきました。

  個人的には、日本とはあまりにも違う北欧社会のあり方に、「こんなの日本では無理」とよその国の話として読み飛ばすにはあまりにももったいない、民主的な社会へのヒントが満載の一冊でした。日本のどこかの首長が、〈私たちの市(県)は、若い有権者投票率アップを目指します!〉と宣言したりしないかなと願いつつ、いまの若者にこの本を手に取ることを薦めていきたいと思います。(千)

 

 あぶみあさき(鐙 麻樹)(1984−)

ジャーナリスト、写真家。秋田県生まれ。ノルウェーオスロを拠点に北欧情報を発信。ノルウェー国際報道協会理事会役員。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程(副専攻ジェンダー平等学)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーションノルウェーから「国を日本に広めた優秀な大使」として表彰される。さまざまなメディアで寄稿、連載多数。

 

第4回 ノルウェー読書会のお知らせ『北欧の幸せな社会のつくり方 − 10代からの政治と選挙』

4th ノルウェー読書会のお知らせです。

 

第4回ノルウェー読書会は、あぶみあさき『北欧の幸せな社会のつくり方‐10代からの政治と選挙』(かもがわ出版、2020)をとりあげます。

著者はノルウェー在住の日本人ジャーナリスト・写真家。

小学生から高校生までのすべての若者たちが、楽しく積極的にそして真剣に自分たちの社会や政治を考える姿から、幸せな社会のつくり方が見えてきます。

若者たちの明るく生き生きとした姿は、まるでお祭りに参加しているよう!

コロナ禍の今だからこそ、改めて私たちの社会を考えるきっかけとなる1冊です。

 

詳細は下記のチラシをご覧ください。

お申込みはノルウェー読書会 norwaybooks@gmail.com まで(定員7名)。

ご参加をお待ちしています。

 

4thノルウェー読書会『北欧の幸せな社会のつくり方‐10代からの政治と選挙』

2020年10月31日(土)14-16時

会場:京都市中京区 Gallery coniwa 錦の家(和室)

          ※本は各自でお持ちください

          ※新型コロナウィルスの感染拡大の状況を鑑み日程が変更される場合があります

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第3回 『ヴィクトリア』読書会ノート

第3回 ノルウェー読書会 『ヴィクトリア』

(クヌート・ハムスン作、冨原眞弓訳、岩波文庫、2015年)

ハムスンの「もっとも美しい恋愛小説」

 

 9月の読書会では、ノルウェー人作家クヌート・ハムスンの『ヴィクトリア』を読みました。まず出てきたのが、「ヴィクトリアはなんでこんなにも意地悪なんだろう! 結ばれることなく、さらには命尽きることもわかっているのに、こんな切ない手紙を遺すなんて」という感想でした。これに対して「そうそう!」と頷く人もあれば、「いや、叶わぬ恋と諦めたはずが、押さえきれず漏れ出た切ない感情だったのでは?」という声も。序盤から、さまざまな読み方、感じ方が語られました。

 進行係から猪苗代英德訳『ヴィクトリア――ある愛の物語』(日本国書刊行会, 1993)のあとがきの紹介があり、これによると、ハムスンの『牧神』に登場する野性的な魅力を持つエドヴァルダ、スウェーデンの作家ストリンドベリの『令嬢ジュリー』、ノルウェーの画家ムンクの描く《マドンナ》に通じる「ヒステリー気質を持った美女」「爆発寸前の緊張した美」がこのヴィクトリアにも受け継がれているとのこと。ヴィクトリアのツンデレ具合は、ハムスンが好んで描くタイプの女性に共通するものだったようです。一方、ハムスンがこの作品を書いたのは最初の結婚をした年(1898)で、「幸せいっぱいの時期だったはずなのに、どうしてこんな切ない恋愛小説を書いたんだろうね」という声もありました。ちなみに1902年、最初の妻とのあいだに生まれた娘の名前はVictoria(ヴィクトリア)! 

 みんなが大きく頷いた、「ヴィクトリアの黄色いドレスが印象的」という指摘もありました。これってくすんだ黄色じゃなくて、本当の黄色なの? 黄色のドレスってあまり着ないよね? 黄色に赤い帽子だよ、森のなかで見つけてもらうためだよね? 若く素直なカミッラは赤いドレス、作中作品のふたりの婦人は青い服、それにヴィクトリアが白を身に着けている場面もありました。ハムスンの『牧神』では緑色の羽根がとても象徴的だったから、ハムスンって色を大切にする作家なんじゃない? そんななか、デジタル時代の読書会らしく(?)、参加者のひとりがネットでノルウェーの高校生向けハムスン解説を発見。黄色は太陽を表し、また意外なことにこの黄色は聖なるもの、天使などにつながるイメージなのだそうです。そしてヴィクトリアの赤い帽子、この赤は死を意味するものなのだとか! 執筆当時のノルウェーで、こうした色彩イメージが読者のあいだで共有されていたのかは不明ですが、ハムスンが意識的に黄色と赤を選んだことは間違いなさそうです。ほかの作家なら服の素材や手触りなども描いていそうなところを、ハムスンは色だけに触れているのが不思議だったという声もありました。緑豊かな島で育ったハムスンの自然描写は絵画のように美しく、一方でヨハンネスが愛と作家活動に苦悩していた町の情景に色彩描写はほとんどありません。緑鮮やかな森、色をもたない町を背景に、改めて、黄色や白の服をまとったヴィクトリアの姿が鮮烈に浮かび上がってくるような気がしました。

 さてハムスンと言えば、あとがきでも少し触れられているように、第一次世界大戦が始まったころからドイツ帝国ナチス・ドイツに傾倒します。『土の恵み』(1917)が評価されたノーベル文学賞の栄誉は地に落ち、ノルウェー国民は大きく失望。たとえば、あるノルウェー人現代作家の自叙伝では、作家の祖母がハムスンの作品を庭で燃やす場面が出てくるのだとか。戦後、ハムスンは多額の賠償金を国に支払い、92歳でひっそりと亡くなります。現在では、ナチス礼賛のスティグマは薄くなり、ノルウェーを代表する優れた作家のひとりとして、純粋にその文学性の高さが再評価されています。

 最後に、読書会で意見の分かれた部分がありました。物語の終わり、手紙に「あなたの/ヴィクトリア」と書いたあと、ヴィクトリアの語りが4行さらに続きます。さてこの部分は手紙の一部なのか、ヴィクトリアの心の語りなのか、みなさんはどちらだと思いますか。私には、ヴィクトリアの目から見た風景が、まるで映画のワンシーンのように引きの映像で目に浮かぶようで、予想外の終わりに打たれました。手紙の一部として訳された版もありますが、これまでの文体を最後がらりと変え、ヴィクトリアに語らせた冨原訳の美しさにすっかりと心をつかまれました。古典だからと敬遠するにはあまりにももったいない、ハムスンの恋愛小説です。(千)

 

クヌート・ハムスン Knut Hamsun(1859-1952)

ノルウェー北部ノールラン県の自然豊かな島で育つ。1880年代に2度、移民として渡米。転職を繰り返し、貧しさのなか放浪する。帰国後の1890年『飢え(Sult)』で先駆的なモダニズム作家として注目される。1920年には『土の恵み(Markens Grøde)』(1917)でノーベル文学賞を受賞。第一次世界大戦勃発時からドイツ帝国を支持、ナチズムに傾倒。これにより文壇での名誉を完全に失い、戦後裁判では高額の賠償金を課され、失意のなか92歳で亡くなった。

 

冨原眞弓 とみはら・まゆみ(1954-)

兵庫県生まれ。上智大学国語学部卒業後、フランス政府給費留学生としてソルボンヌ大学で哲学博士号取得。聖心女子大学哲学科教授。ヨーロッパ近現代哲学(シモーヌ・ヴェイユ)、スウェーデン語系フィンランド文学(トーベ・ヤンソン)の翻訳・研究を数多く手掛ける。